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フィクションなのかノンフィクションなのか... 想いが織り成すストーリーの世界
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掲載作品の紹介
●空色...愛色...(現在掲載中)
●愛色の彼方 (現在掲載中)

両作品共に、主人公の名前は同じですがストーリとしては全く別物です。
それぞれの世界が織り成す淡く切ない物語をどうぞお楽しみください。
プロフィール
HN:
葵 膤璃
性別:
女性
自己紹介:
Aoi Tuyuri
恋愛体質
本物の愛を探し求めて彷徨い続けています
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私はあの日から1週間仕事を休んだ

最近、様子がおかしい私に久美さんは「少し休んで冷静に色々考えてみなさい」と一言だけ言った

仕事に行く気がしなかった私は、溜まった有給を消化する形で休む事にした
暫く何もしたくなかった

その代わり、悟へ手紙を書き続けていた
どこにいるか解らない為、私は手紙を悟の実家へ送り続けた
悟に届いているかも解らない
届いていても迷惑に感じてしまっているかもしれない
それでも、毎日1通ずつ悟に手紙を書き続けた
そうでもしないと自分を保っていられなかったのかもしれない

誰とも会わない日が続く
時折、安藤君がメールで仕事の状況などを送ってくれるくらいしか他人との接点は無かった


泣き続けているせいか、瞼が腫れて重たい

私、今酷い顔してるんだろうなぁ・・・

ベッドの中に包まったまま毎日無駄に時間を過ごす


食事も摂らず部屋のカーテンも空けない日が続いた


金曜日の夜、私の携帯の着信音が鳴った
安藤君からの着信

「はい、もしもし」

私は、電話に出る

『戸田、調子はどうだ?どうせ食事してないんだろ??』

いつもと変わらない安藤君の声
淋しい心に染みる

「うん・・・」

『今から出て来いよ、食事しよう』

安藤君は私を気遣ってきっと外へ誘い出そうとしてくれているのだろう

『食べないと元気出ないぞ?気晴らしに外で食べよう、もう今下にいるから』

私はビックリして、部屋の外を覗き込む
下で、安藤君が満面の笑顔で手を振っていた

「・・・ちょ・・・ちょっと待ってて支度して行くから」

私は慌てて洋服に着替えて髪を整える
玄関を出ると、ひんやりと涼しい

「お待たせ!」

私は安藤君の元に駆け寄る

「お〜待った待ったw今日は、お兄さんがご馳走するから好きなモノ食べろ〜」

そう言って安藤君は私の手を引いて歩き出した
安藤君の手は想像以上に大きくて温かかった
誰かに手を引かれるなんて、どのくらい振りなのだろう・・・
私は、そんな事を考えながら安藤君の背中を見つめる



………………………

私達は、近くのこじんまりとした和食の店に入る

店に入ると人の良さそうな年配の女性が笑顔で出迎えてくれた

「あら、秀ちゃんいらっしゃい」

そう言って、私達をカウンターに通してくれた
私が不思議な顔をしていたのか、安藤君は笑顔で説明してくれた

「ここ、俺のオススメの店なんだ。学生時代から通ってるけど凄い美味いんだ」

そう言って、カウンターに座る
私も後を追う様に隣りに座った

年配の女性は嬉しそうに私を見ると安藤君を見て言った

「秀ちゃんの彼女??可愛いじゃない!」

私は年配の女性の言葉に驚くと共に、化粧をしていない事が急に恥ずかしく思えてきた

「ち・・・違うよ〜同僚の戸田。こっちはこの店のママ」

安藤君も焦った様に否定をする

「あら、違うの?残念だわ〜全然女の子連れて来たりしないから私は心配してるのよ」

そう言って人が良さそうに豪快に笑う

「どうせ、全然食べてないんだろ??ならさっぱりしたモノが良いよな?」

安藤君はお店のママが出してくれた生ビールを飲みながら私を見る

「うん、さっぱりしたものが良いかも」

私もウーロン茶を口にする

「いや〜やっと1週間終わった・・・戸田がいないから俺が死にそう・・・」

そう言いながら安藤君はネクタイを緩める

「ご・・・ごめんね」

私はウーロン茶を噴出しそうになりながら安藤君へ視線を向ける

「嘘〜!冗談だよ!」

そう言って安藤君は意地悪そうに笑った

「まぁ、食べろよ。ここの料理は何でも美味いからさ!」

お店のママのお手製料理がズラリと並ぶ
どれもこれも確かに美味しかった
特に魚の煮付けは格別に美味しくて、今まで食欲が無い事が嘘の様に私の胃袋に消えていった

「思ったより元気そうで良かった」

それを見ていた安藤君も安心した様に笑う

「あ、俺ちょっとトイレ行ってくる」

そう言って安藤君は席を外した

「今日の秀ちゃんはご機嫌だね〜!」

ママがカウンター越しに嬉しそうに話しかけてきた

「安藤君はいつもあんな感じじゃないんですか?会社ではいつもあんな感じですけど」

私は、ママが出してくれたお茶を受け取りながら訊ねた

「いつも確かに明るい子だけど、結構気を使ってるのよ。だからここに来て落ち込んでたりって事はいつもの事なのよ」

ママはそう言いながら優しく微笑む

「へぇ・・・落ち込んだ安藤君って想像つきませんね」

「何たって、あんなに男前なのに好きな子にすらアタック出来ない子だから」

悪戯な表情を浮かべてママが小声で言う

「そうなんですか??」

私は思わず噴出す

「そうなのよ、酔っ払うといつもその話でね。今だに何も出来ないんだ〜ってよく嘆いているのよ」

ママは口の前で人差し指を立てて笑った

「あれ?ちょっとちょっと何か面白い話??」

戻ってきた安藤君は楽しそうに会話している私達の間に入って来る

「内緒よ、ね〜?」

ママは私に向って軽くウィンクする

「はい、内緒です」

私は意地悪そうに笑って見せた

「何それ〜仲間外れかよ!」

本気で悔しがる安藤君は、会社とは少し違う少年らしさが残っていた


………………………


私達はお腹一杯に食べて、ママの店を後にした

「少し腹ごしらえに散歩するか」

安藤君の提案で、近くの川沿いを歩く

「安藤君、見て見て星が今日は凄く綺麗じゃない??」

私は安藤君の腕を引っ張って空を指差した

「あ〜本当だ・・・」

安藤君は空を見上げたまま立ち止まる

「今日は本当にありがとうね。お陰で凄く良い気分転換になったよ。ママの美味しい料理も食べれたし、来週から仕事頑張れそう!」

私は力瘤を作る真似をして見せた
本当、不思議と少し元気が出た気がする

「・・・戸田」

安藤君に背を向けて歩き出そうとした瞬間、呼び止められた

「ん??」

私は足を止めて安藤君の方へ振り返る

「あのさ・・・こんな時にって思うんだけど」

そう言って安藤君は空から視線を落として私を真っ直ぐに見る

「どうしたの??」

私は安藤君の少し真剣な表情を覗き込む

「俺・・・戸田の事好きだよ」

安藤君は意を決意した様に私に言った
私は突然の安藤君の一言に返す言葉が見つからない

暫く流れる沈黙

安藤君の真っ直ぐな視線から逸らせないまま私は言葉を探す

「ずっと好きだった、入社した時から」

予想もしなかった安藤君の言葉
3年も一緒に仕事していて、今の今まで安藤君の気持ちに気付けないでいた

「戸田を好きになったのは別れた彼より俺の方が長いよ。ずっと俺は戸田だけ見てた」

ストレートな安藤君の言葉
私はまだ言葉が見つからずにいた

「彼を忘れろなんて言わない。すぐに切り替えられないのも覚悟の上だ。それでも良いから、俺の隣りにいてくれよ」

長い沈黙が流れる
お互い見つめ合ったまま時間だけが流れる

「私・・・」

やっと声が出せた
喉がカラカラに渇いている

「何?」

安藤君はとても優しい声で問いかける

「まだ、これからも彼の事で・・・泣いたり落ち込んだりすると思うし・・・その度にきっと安藤君嫌な想いする・・・」

「それも解ってる」

「・・・今・・・私弱ってるから・・・そんな事言われると寄りかかりたくなってしまうかもしれない・・・それは自分で許せない・・」

私は安藤君から視線を逸らして背を向けた

次の瞬間、背後から安藤君は私を抱き締める
背中に安藤君の温もりを感じる
妙な安心感が私を包んだ


「それでも構わない・・・俺の方がきっと卑怯だ。戸田の気持ちを知ってて困らせる様な事言ってる・・・それでも俺、好きなんだ」

耳元で安藤君の声は震えていた
安藤君の腕が微かに震えている

安藤君の温もりと言葉に私の心は絆されてしまいそう・・・
けれども悟の事・・・割り切れない・・・

でも・・・悟は私の前から跡形も無く消えてしまった
もう逢えないのかもしれない
嫌われてしまったのかもしれない

私・・・前に進まないといけない

安藤君の手を取る事が正しいのかも解らない

安藤君とならきっと楽しく過ごせる気がする
好きになれるかもしれない・・・

これは私の甘え??

だけれども、誰かの肩に寄りかかりたい自分が確かにいる

それに、私も安藤君の事好きだよ

これは友情?
それとも異性として意識してる??

優しくされると嬉しい
いつも助けてくれる安藤君は、私にとって大切な存在
私の事もよく理解してくれている
今の私に、安藤君の存在は必要不可欠である事は間違いない


暫くの沈黙の後
私は沈黙を破った

「・・・これからも私の隣りにいてくれる??」

一瞬、安藤君の腕の力が緩む

そして、もう一度強く抱き締め直すと安藤君は何度も頷いて一言だけ耳元で呟いた

「勿論だよ」



その日の夜空は、確かにいつもより綺麗だった

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その夜私は、ベッドでひとり横になって天井を見つめながら何度も溜息をついた

久美さんの言葉が胸に突き刺さる
私、このまま仕事外されちゃうのかな・・・
そう思うと溜息が止まらない

斬新な切り口・・・
私はどんな発想を今までしていたのだろう
それすら自分の事なのに思い出せない

私はベッド横のミラーを手に取ると自分を映した

希望の欠片もない表情が鏡越しに見える
私はまたひとつ溜息をついた

「溜息の数だけ幸せって逃げるんだよね・・・」

私はミラーをベッド下に放り投げて呟く

そして私はフッと悟の事を考える
声が聞きたい・・・

私は鞄から携帯を取り出すと悟のアドレスを開いた

ここ1ヶ月、私は悟に連絡を取っていなかった
いつまでも迷惑はかけられないと思って、連絡を取らずにいた

通話ボタンを押す指が震える・・・

心なしか鼓動も早くなった

昔は躊躇いもなくコールしていたのに・・・

私は通話ボタンを押して携帯を耳に押し当てる


―お客様がおかけになった電話は・・・


無機質な女性の声が流れた


え??


私はビックリして携帯を耳から離す
そしてもう一度コールをした


―お客様が・・・

同じアナウンスが流れる


どういう事・・・??

私は状況が飲み込めず呆然と携帯を見つめる

暫くの沈黙
私は血の気が引いていくのが解った
初めて本当に悟に拒絶された様な気持ちだった

携帯を・・・変えた??

私と連絡を取るのが本当は嫌だったのだろうか
仕事柄、携帯の番号は変えられないって言っていたのに??

それとも・・・新しい・・・

私はいても立ってもいられなくなって家を飛び出した

そのままタクシーを拾うと、悟の自宅まで飛ばす


逢ってどうするの?
また傷つきたいの?

様々な不安が駆け巡っても衝動を止める事が出来なかった


私はタクシーの料金を支払うと足早に悟のアパートへ向った

部屋の前まで来ると、鼓動は破裂しそうなくらい早くなる

手の震えが止まらない
喉がカラカラに渇いている気がした

呼吸を整えて私は震える指先でインターフォンのチャイムを鳴らす

ピンポーン・・・


反応がない
まだ仕事なのだろうか・・・

私はドアをノックする


ドンドン

やはり反応は返って来なかった

私は悟の部屋の前にしゃがみ込む

今夜はどうしても悟に逢いたかった・・・

例え拒絶されようとも・・・


秋風が身体に染みる
動揺して自宅を飛び出したせいで、上着を着ていなかった

寒い・・・

震える身体をさすりながら悟の帰りを待つ


暫くすると誰かがこっちへ向ってくる気配がした

悟・・・!!

そう思って顔を上げると、悟の隣りの部屋に住むOL風の女性が不思議そうな顔でこちらを見ていた


・・・悟じゃない

私は肩を落とすと彼女から視線を落とす

すると、その女性が声をかけてきた

「・・・すみません、お隣りに何か御用ですか??」

私はビックリして再び視線を彼女に戻す

「あ・・・はい・・・ちょっと」

私は、しどろもどろに返事をする


「・・・高木さんですよね?彼なら確か1ヶ月前くらいに出ていかれましたよ」

彼女の一言にビックリして目を見開く

「え・・・引っ越した?どこにですか?」

「どこかは解らないですけれども、1ヶ月前に引越しの業者が来て作業してましたよ・・・その時偶然高木さんをお見かけして挨拶をしたんですけど特に何も言ってなかったですね。確か・・・高木さんの彼女さんでしたよね??」

ただならぬ状況を感じたのか、その彼女は心配そうに私の顔を覗き込む

「まぁ・・・」

私は曖昧な返事を返すと、軽くお礼を言ってその場を後にした


携帯も変えて・・・引越しもして・・・


本当に私の事が嫌だったのかもしれない・・・
私はそう確信した

仕事が忙しい事を理由にして私から離れたかった・・・?
どうして?

私は溢れてくる涙を抑える事が出来なかった

こんなに拒絶されているのに・・・
私は少しも彼に幻滅する事も嫌いになる事も出来ない・・・

こんなにも愛しくて愛している・・・


だけれども・・・それはもう彼に届かない


もう、彼の人生の中に私は綺麗に抹消されてしまうのだ・・・


私は、遠くに見えるネオンを見つめ立ち尽くし続けた

けたたましく目覚ましが鳴り響く

私は大きく手を上げるとそのまま目覚ましの上に振り落とした

起きなきゃ・・・

重い頭を抱えて身体を起こす

今日もまた新しい1週間が始まる

私は熱いシャワーを浴びて、支度を済ませると自宅を後にした

混み合う電車
肩と肩がぶつかり合う
息苦しい空間・・・
毎日変わらないワンシーン

無表情の群れの中で、やはり私も同じ表情を浮かべているんだろうな・・・

やっとの思いで、最寄の駅に到着する
人の波に流されるまま電車を降りる

会社に着くと、私はPCの電源を入れる
通勤の途中に買って来たアイスティーを飲みながら一通りのメールチェックを済ませる

私は都内のデザイン関係の企業に勤めている
ずっと憧れて念願叶って手に入れた職業
やりがいがある仕事

入社3年目
以前よりも任される仕事が増えて、やりがいを感じ始めているこの頃

だけど、前の様に意欲的な気持ちになれない
ここの所、煮詰まっている・・・

そろそろ、良いアイディアを出さないと・・・

そんな焦りだけが募る


「戸田、おはよう」

後ろから、少し低い声がした

「あ、安藤君おはよう」

私は、振り返って安藤君を見上げる

彼は安藤秀明
愛嬌たっぷりの爽やか好青年の安藤君は社内でも、女性陣に人気があった
私より2歳年上だけれども、同期である

「何だよ〜戸田!今日も浮かない顔しちゃって!元気スマイルがお前の取り得だろ?」

安藤君はそう言って私の肩を小突く

「そんなんで、今日の地獄のミーティング乗り越えられないぞ!」

地獄のミーティングとは週に1回上層部の人間を含めて行われる長時間のミーティングの事である
ここではハイレベルな意見交換が成され、各自がそれぞれ自分のアイディアを発表し評論を交わす
とにかく社内の人間にとって、最も精神力を使う1週間で最も高い山と呼ばれていた

安藤君とは入社当時からお互い励まし合って頑張ってきた仲で、私は恋愛の相談もいつも安藤君にしていた
異性の大親友とも呼べる存在だった

「あ、そっか・・・今日はミーティングだ」

私はすっかりミーティングを忘れていた
ヤバイ・・・

「まさか、忘れてたとか・・・??」

安藤君もさすがにビックリして目を丸くした

「う・・・うん・・・どうしょう・・・」

もう半分泣きたい
そもそも、こんな重要なミーティングが週初めの月曜日にある事自体がおかしい!

私は慌ててPCに向って、ミーティングの資料をまとめ始める

「しょうがないな、俺も手伝ってやるよ」

見兼ねたのか、安藤君も隣りの自分のディスクにつくとテキパキと手伝い始める
そんな安藤君の助けもあって、お昼前に一通りまとめる事が出来た

「ありがとう〜お陰で助かったよ!」

私は深い安堵の溜息をつく

「ま〜俺にかかれば不可能はないって事だな!感謝するならランチくらい驕りなさい!」

安藤君も背伸びをしながら冗談ぽく笑って見せる

「OK、今日は任せて」

私も安藤君に釣られて冗談ぽく笑って見せた

…………………

2人は会社の近くにあるパスタ屋へ入った

窓際の席に向かい合って座る

私はサーモンのクリームパスタ、安藤君はカルボナーラを注文する

しばしの沈黙

ウエイターが忙しそうに慌しく水をテーブルに置いて去って行く

「最近どうよ?」

安藤君が沈黙を破った

私は、置かれた水の入ったグラスを見つめたまま曖昧に首を傾げる

「・・・彼氏と別れて3ヶ月くらい?やっぱりそう簡単には立ち直れないよな」

安藤君は外の景色を見つめながら独り言の様に呟く

「うん・・・頭では解ってるんだよね、立ち直らないとって・・・こんなんじゃ仕事にも差し支えるし」

私は、曖昧な笑みを浮かべてみる

「それが普通じゃない?本当に好きだったら尚更、無理に立ち直る必要もないと思うし」

安藤君は私に視線を戻すとそう一言添えた

「忘れる努力をする必要はないと思うよ」

私達の間に暫くの沈黙が流れる
そう、誰かにそう言って欲しかったのかもしれない
元気になってとか・・・そういう在り来たりな言葉じゃなくて
忘れなくて良いって・・・彼を想っていて良いって言って欲しかったのかもしれない
誰かに、立ち直れない自分を肯定して欲しかったのかも

「お待たせしました」

ウエイターの声に我に返る

「うっまそーじゃん!戸田、食えって!まずは体力が一番!体力には食事だ!」

安藤君はニッと笑う



……………


会社に戻ると、早速ミーティングが開始された

「今日は皆さん、忙しい中参加ご苦労様です。今日は今年の冬季に置ける・・・」

ミーティングを取り仕切るのは、社内でもやり手で有名な飯島久美さん
長い髪をアップにまとめ、細身のスーツを品良く着こなす大人の女性
密かに入社当時から私が憧れている女性が、この久美さんだった

やり手の男性陣を差し押さえてバリバリ仕事をこなす姿は、何とも言えないくらいカッコイイ

入社した頃、何も解らない私に親切に仕事を教えてくれたのも久美さんだった

「いつも可愛い女でいなさい」
久美さんは冗談ぽく笑ってよく私に言っていた

「30過ぎて、可愛くいられなくて男を相手に張り合う事を生き甲斐にしてしまう様な女は男にとって障害物でしかなくなってしまうのよ」
久美さんは、肩を竦める仕草をしながらよく笑っていた

普通の女なら卑屈になってしまうのかもしれない
女ひとりで、社会に向き合う事はきっと想像以上に厳しい事があるのだろう

だけど、久美さんはいつも自信に満ちた笑顔を持っていた
自分の生き方にプライドを持って歩いているのだと思う

私は、いつもそんな久美さんの様な女性になりたいと憧れを抱いていた

私にとって遠い遠い憧れの人


「じゃ、最後は玲ちゃん」

久美さんのハスキーな声で私は顔を上げる

「あ、はい!今回私が提案するのは・・・・・」

私のプレゼンが終わると久美さんが口を開いた


「今回のみんなのプランはとても良いモノがあったと思う。玲ちゃんを除いてね」

久美さんの一言に、場の空気に緊張感が走る

「・・・玲ちゃん、どうしたの?アナタは斬新な切り口が持ち味なのに、それがここ最近全然発揮されていない。迷いを感じるのよね・・・仕事に集中出来ていないと言うか」

久美さんは私をまっすぐに見据えてそう告げた

私は返す言葉も無い

「そんな在り来たりなプランは素人でも出来るわ。アナタがやる気を出さないのなら、外れて貰うしかないと私は考えているのよ。アナタの斬新さを評価して私は抜擢したつもりだけれども、期待外れだったのかしら?中途半端な仕事をするなら、やらなくて結構よ」

久美さんはそう私に言い放つとミーティングルームを出て行ってしまった

私は、その場に立ち尽くしたまま身動きひとつ出来ずにいた

久美さんは仕事に厳しい人
中途半端な仕事は許さない
妥協をしない人

久美さんの言う事は、確かに的を得ている

今の私にはゆとりも無ければ信念も無い
恋愛がひとつ駄目になっただけで、私は全てがボロボロになってしまう
何て弱い人間なのだろうか・・・

気持ちが宙ぶらりんのまま揺れているだけ

私は唇を噛み締めて俯く

悟がいないだけで、私はボロボロだ・・・

私はいつからこんなに弱く脆い人間になってしまったのだろう

遣る瀬無い想いに襲われる・・・

暫くして、ミユキは私の前に現れた

長身で細身のミユキ
笑顔が似合う明るい表情に、ライトブラウンのショートヘアーがとてもマッチしている

「見つけた!」

そう言ってミユキは私の前に座る
そのままウェイターにアイスカフェオレを注文すると、一息ついて私に笑いかけた

程なくして、ウェイターがアイスカフェオレをミユキの前に差し出す

それを見届けてミユキは話を切り出した

「ちゃんとご飯は食べてる?」

ミユキの質問に私は首を横に振った

「・・・そっか。今は辛い時期だよね」

ミユキは軽く溜息をつくとアイスカフェオレに口をつける

「つまりさ・・・玲は別れの理由に納得が出来ないんじゃないの?」

ミユキの一言に私は顔を上げてミユキを見る

「ん〜なんて言うのかな・・・仕事が理由で別れを告げられた訳じゃない?」

「うん」

「でも、世の中仕事と恋愛を両立している人はたくさんいる訳だし、仕事だけの理由で別れるって事に納得がいかないんじゃない?相談も無かった訳だしさ」

確かに、何も相談されずに結論を出された事はとてもショックだった
勿論、別れたく無い事は必死に伝えたけれども彼の意見が翻る事は無かった

「悟君も結構勝手だよね。もう少し、大人かと思っていたけれども・・・」

ミユキは眉間に皺を寄せる

彼の名前は高木悟
都内の外資系の企業に勤めている

出逢いは、飼い犬のマロンが失踪した事がキッカケだった
ミニチュアダックスで毛色が栗みたいな色だからマロン
そんなある日、好奇心旺盛なマロンは玄関を開けた隙に外へ飛び出してしまった

しかも夜遅かった為、辺りは真っ暗でなかなか見つけられなかった

涙ぐみながらしゃがみ込んでいた私に見ず知らずの悟が声をかけてくれた

スッとした整った顔立ちの悟
シックに着こなしたスーツ姿が印象的だった

事情を話すと悟は、綺麗に着こなしたスーツをたくし上げ一緒に探してくれた
結局、公園の茂みの中に怯えて丸まっていたマロンを発見した

満面の笑顔でマロンを抱き上げた悟に、私は一瞬で恋に堕ちた
それは何とも言えない感覚で・・・
不思議な力が働いたかの様に、私は悟に恋をした

マロンを夢中で探していた悟のスーツが汚れてしまった事を気にすると、悟は笑顔で大丈夫だと言ってくれた

それでは気が済まないと、少し戸惑う悟に後日お礼をする約束を取り付けた
でも本当は、このまま終わるのが嫌だったからなのかもしれない
悟の事をもう少し知りたかった

それをキッカケに連絡を取り合う様になった私達は、ごく自然な流れで付き合う事となった

マロンを連れてデートにもたくさん行った
私にとってもマロンにとっても本当に楽しい時間だった

そんな中、1年経とうとした頃
マロンは肺炎を悪化させて4歳と言う短い生涯を終えてしまった
泣きじゃくる私と一緒に、悟も泣いてくれた

そして2人でマロンのお墓の前で誓った
マロンがもたらしてくれた縁を大切に必ず2人で幸せになるって・・・

悟は、もうマロンへの誓いも忘れてしまったのだろうか
その程度の気持ちだったのだろうか

そんな事があったからこそ、仕事を理由に別れを切り出された事に納得出来ないでいたのは確かだった

別れ話をされたあの日
悟は、私を見なかった
ただ、無表情に別れ話をする悟

悟がまるで無機質なアンドロイドの様に見えた

ただ、最後にかすかに震える声で「ありがとう」と呟いた

あの瞬間、悟は何を思っていたのだろう・・・

でも、これだけは解る
決して、身勝手に別れを切り出した訳じゃない
きっと切り出すまで悟は悩みに悩んだと思う
眠れない夜を過ごしたかもしれない

悟はひとつも私に優しい言葉はかけなかった

それは、私が淡い期待を抱いてしまわない様にとの最後の優しさだったのかもしれない

それでも淡い期待を抱いてしまう私は、悟へ電話をしてしまう事があった
そんな時、悟は普通に今まで通り話てくれたけれども、私が「逢いたい」と言っても一度も逢ってはくれなかった

「逢うともっと辛くなるよ」

そう言って逢ってくれなかったのだ

でも、それもきっと悟なりの優しさだったのかもしれない



「悟も・・・きっと辛かったと思う」

私はポツリと呟く

「凄く考えて考え抜いた結果だったと思う・・・」

私は目頭が熱くなるのを必死で堪える

「そうだね、ごめんね。玲の大好きな悟君の事悪く言っちゃって・・・」

ミユキはハンカチを手渡しながら私の顔を覗き込んだ

「ううん、ミユキは悪くないよ。気にしないで」

逆に私は慌ててミユキの顔を見る

「ありがとう。でも、今回ちゃんと仕事にも行っているしそれだけでも私は偉いと思うよ」

そう言ってミユキは微笑む

悟がいなくなっても、変わらず毎日が過ぎて行く
私の心なんてどこにも存在しないかの様に
同じ日常
繰り返される毎日

あの頃と違うのは、色鮮やかだったあの頃と色褪せた今

私は後どのくらいの時間をかけて立ち直るのだろうか
いつか、あの頃は辛かったって笑って話せる日が来るのだろうか

いつか・・・

悟は思い出の人となってしまう日が来るのだろうか


辛くて苦しいはずなのに・・・
そんな日が来なければと思ってしまう私

私は悟を忘れたくない
あの笑顔も、仕草も声も匂いも・・・

それでも、いつか私は遠い記憶の中へと葬ってしまう日が来るのだろうか・・・



その後、私を元気付けようとするミユキにあっちこっち連れ回され
自宅に帰ったのは夜の11時だった

今夜は酷く眠い・・・
ワインを少し飲み過ぎただろうか

私は重い身体を引きずりながら、寝室へ向う

そしてそのままベッドへ倒れこむと、深い眠りへと堕ちていった

何度経験しても、慣れる事が無い事がある

その中でも、一番堪えるのは失恋
大好きな人との別れはいつだって辛くて淋しくて悲しい
もう数え切れないくらい経験しているのに、今でも耐えられないくらい辛くなる

戸田玲 24歳の夏

私は失恋した
大好きな彼は、仕事が忙しい働き盛りの27歳
淋しい想いもしたけれども、そんな頑張っている彼の事が大好きだった
仕事に一生懸命打ち込む彼を私は誰よりも誇りに思っていた

そんな彼から切り出された別れ話

頭の中は真っ白

彼は私が悪いんじゃないと繰り返した
そう、ただ仕事が忙しいだけなんだって
仕事が忙しいから恋愛にまで気が回らないって

私、待つ覚悟くらいあったよ?
何で勝手に結論を出すの?
相談してくれたら、何かが変わっていたかもしれないじゃない

だけど、彼の事が大好きだったから・・・
彼が決めた事なら仕方ないって思った
愛しているからこそ、身を引く事を決めたの

私も彼も悪くない
きっと、少しだけタイミングがずれてしまっただけ・・・

でも、まだ好き・・・大好き・・・

別れて3ヶ月が経とうとしていた
もう街は、秋色に染まり始めている
そんなセピア色の街を見て余計に切なくなるんだ
彼の事が恋しくなる

何故、あんなに愛しているのに離れなければいけなかったの・・・?

そう何度も問いかける
だけど、その答えは返って来る事は無い

今まで彼がいた右隣はカラッポな空間
妙に肌寒く感じる

もっと優しくしておけば良かった・・・
我侭言わなければ良かった・・・

毎日毎日、自分を責める私

傷は未だに乾かない・・・


携帯のアドレスは今も消せずにいる
彼へ時折、淋しさが募ってメールをしてまう
たまに返って来るメールが嬉しくて・・・
声が聞きたくなった夜も、彼は今まで通りに電話に出てくれる

「良い人作れよ」

そんな簡単に言わないで
一緒にいた2年の歴史をそんな一言で終わらせないで

私は今でもアナタが好きなの・・・
涙が止まらないの・・・
喪失感の大きさに立ち尽くしている

いつだって、アナタが中心だった
私の2年はアナタで一杯だったのよ

逢いたい・・・

だけど、逢えない現実に私の心はざわめき立つ

「泣き虫だな」

そう言って頭を撫でてくれたあの手が忘れられない
もう一度、頭を撫でてよ
私が泣き虫だって知っているじゃない

私は、彼とよく待ち合わせに使っていたカフェで毎日の様に思い出に浸っている

また彼が「待った?」って笑いながら来てくれる様な気がして
私は今でも当ての無い待ち合わせを続けている

どうしたら立ち直れるのかな・・・

今の私には成す術が無かった

私は知っている
恋に効く薬なんて、どこにも無いって事に

乾く事無く溢れる涙
冷めたカフェオレをじっと見つめる

こんなに辛い想いをするなら、出逢わなければ良かったとすら思ってしまう
だけど、出逢えなかったら私はきっと幸せな時間を知らなかった

今までの恋の傷を癒してくれた彼

この先もずっと一緒にいられるって信じていたんだよ


もう見る事の出来ない幸せな結末
私は見たかったんだ・・・

歪む視界を拭った瞬間
携帯の着信音が鳴る

彼からかと思って、携帯を手に取る
でも、着信音は友達のミユキからのモノだった

小さく溜息をついて肩を落とす

「もしもし・・・」

『もしもし??玲、今どこにいるの??』

張りのあるミユキの声がダイレクトに耳に飛び込んだ

「・・・例のカフェ」

私は蚊が鳴く様な声で答える

『・・・また、そんな所にいるの??』

ミユキは少し呆れた様な溜息をつく
しっかり者の玲は、竹を割った様な性格で私にとって頼りになる存在でありアドバイザーでもあった

『また、泣いているんでしょ??』

ミユキは優しく問いかける
そんな優しい声に私の心は緩んでしまう

『今からそっちに行くから、そこで大人しく待ってなさいね』

そう言って、ミユキは電話を切った
私が彼から別れを切り出され、泣き崩れている時もミユキはただ傍で話を聞いてくれていた

私がまだ立ち直れてない事を心配して、今もマメに電話をしてきてくれる

私は、携帯を鞄にしまうと深呼吸を軽くして姿勢を直す

いつまでも、こうしてはいられない

頭では解っているの
だけど、心が思う様にいかない

もう一度涙を拭って私は、窓から見える空を見上げた
電車は秋葉原の駅で停車した


玲は小さく深呼吸をするとホームへ降り立つ

空はもう既に暗かった
12月の凛と張り詰めた冷たい空気が玲の頬を刺す

そして、もう一度小さく深呼吸をして玲は悟にメールをした

“もう着いたよ”

暫くして悟から返信が来る

“あともう少しで着く”

後数分後には悟に逢う事になるかと思うと、ありえない程に鼓動が早くなっていた

ちゃんと逢えるのかな・・・

そんな不安が玲の脳裏をかすめた
ここまで来たものの、それと同時に不安も募っていく

玲は今度は小さく溜息をついた

すると携帯が鳴る

“もう着いたよ。中央改札口の所にいるから”

悟からのメールだった

“今から行く”

玲はそうメールを返して悟が待つ中央改札口へ向う

エスカレーターで下へ降りて行く最中
何気なく後ろの方を向いた時、後ろに立っていた男と目が合った

玲は慌てて前を向く
改札で待っていると言うのだから悟がいるはずは無いが何となくキョロキョロ周りを見てしまう

エスカレーターを降りて、歩き出すと同時に声をかけられた

見ると先ほど目があった男が立っていた

道を聞かれるのかなと思った玲は歩調を緩める

「ねぇ、これから食事に行きませんか??」

男の一言に玲は一瞬頭の上にはてなマークが浮かんだ

「可愛いですね、食事しませんか?」

男は玲と並んで歩きながら執拗に食事に誘って来た

「いえ、これから約束があるので」

玲はそう言うと男を振り切ろうと歩調を速める
しかし、すぐには諦める様子のない男は歩調を玲に合わせて玲をぴったりマークする

「友達?」

玲はそんな質問に答える事なくさらに歩調を速めた

すると男は玲の前に立ちはだかると、ポケットに入っていたチラシの様なモノに手早く連絡先を書くとそれを手渡した

・・・と言うより押し付けたと言った方が正しいかもしれない

玲は思わず受け取ってしまう

「ここに連絡ください」

そう言って男は玲に微笑むと姿を消した

玲はその紙を丸めてとりあえず鞄にしまった
連絡をする気は当然無かったが、一応携帯の番号が書かれている為その場に捨てる事が出来なかったのだ

足早に玲は改札に繋がるエスカレーターを下る

エスカレーターを降りると改札の前にひとり、誰か立っていた

玲は1歩ずつ歩み寄る

次第に悟の姿がハッキリと玲の瞳に映し出されていく

周りの騒音が玲の耳から消え、ただ自分の鼓動の音だけが響いていた

ついにその日が来た

やはり、気分は落ち着かない
ついつい予定よりも早く目が覚めてしまった

約束は19時

秋葉原で待ち合わせをしていた

玲は落ち着く事なくそわそわしていた
やはり、どうしても不安は拭いきれない
いくら画像を交換していたとしても、実際に逢えばお互い印象が違う可能性の方が大きい
文字と声だけでの付き合い
そんな関係があと数時間後にはリアルへと変わる

良く変わるのか悪く変わるのか・・・それは神のみが知る


玲はメイクを始める
やはりいつもより多少の気合は入るモノ
濃くなり過ぎず、それでもって華やかな印象を与えたい
ささやかな女心

アイシャドーはブラウンとパールホワイトをチョイスした
周りからの評判が良かった組み合わせをあえて選んだ

念入りにメイクが終わると髪をセットし着替える

家を出る時間になり、玲は高鳴る鼓動を抑えて駅へ向った



年末というだけあって電車は空いている
揺られながら玲は外の景色をぼんやり眺めていた

あと少しで悟に逢える
ドキドキする気持ちと不安な気持ちが交互に押し寄せてくる

逢わない方が良いかもしれない
だけど、逢ってみたい

玲の胸は今にもはち切れんばかりに高鳴っていた


目的の秋葉原へ電車は確実に近付いている
それと比例するかのように玲の鼓動は早く大きく高鳴っていた

初めての電話から、2人は頻繁に電話で話す様になっていた
むしろ習慣になりつつあった

夜、悟からの電話は密かに玲にとっての楽しみとなっていた

お互い、言葉にはしなかったもののどこか恋人感覚に近いそんな気持ちを抱いていた
もしかしたら、まだ擬似恋愛に近いモノだったかもしれない
だけれども、着実に2人の心は惹かれ合っていた事は紛れもない事実であった

悟が関東へやってくる日が、近付いてくる
それと同時に2人が逢う日も近付いていた

玲は楽しみの思う反面、とてつもなく不安な気持ちを抱いていた
悟と共有する時間が楽しければ楽しい程、逢う事がプレッシャーになっていく
もし、逢ってこの楽しい時間がなくなってしまったら・・・
そう思うと不安で仕方なかったのだ

逢ってガッカリされたらどうしよう・・・
毎日、そんな不安な気持ちが玲の頭をかすめる

そしてついに、悟から1通のメールが届いた

“今から家を出て、岐阜の友達の家で合流して1泊して関東入りするよ”

ついに逢う日が目の前まで迫っていた

急に現実を突きつけられて玲は動揺する
逢いたくない訳じゃない
でも、今の関係を壊すのも怖い

急に不安が押し寄せてくる

2人の加速は止まらない

1日1日、確実に2人の距離は縮まっていた

そしてついに、電話で話す日がやってきた

“これから電話して良い?”

Keiの一言で、玲は思わず携帯を握った
自分の鼓動が早いのが解る

文字のやり取りだったKeiとついに声で会話をするのかと思うと、ドキドキが止まらない

そしてついに、玲の携帯が鳴る

『ど・・・どんな声で出れば良いのかな・・・』

玲は震える指でボタンを押して携帯に出た

それからと言うもの玲とKeiは毎日の様にチャットで話をするようになった

時には、まだ誰もいないチャットルームで2人だけで話す事もあった
とにかく話せば話す程、玲にとってKeiとの会話は楽しくて仕方ないモノになっていった

そんなある日
何気ない会話からKeiが言った

“俺、年に1度くらいは地元の方へ帰る事あるし年末とかは関東の友達と飲む事が多いんだよね”

そんな一言から機会があれば一緒に飲もうと言う話へ発展して行った

“同じ千葉なんやし、こんなに仲良く話してるから機会あれば1回飲みに行こうや!”

Keiの誘いに玲もノリ良く答えた

“良いね~良いね!じゃ機会があったら行こう!”

そうは言っても、お互いただのリップサービスに過ぎなかった

チャットのメンバーとリアルで会おうなんて、玲は少しも思ってもいなかったし
Keiだって、それに近い感覚だったはず

そもそも、いくら地元が千葉と言え滋賀と千葉の距離を越えて逢えるなんて想像もつかない

そんなノリのやり取りが、何回かされ
特に現実化する様子もなく過ぎて行った

の日の夜

玲は早速、チャットへ参加した
確かに言われた通り、昼間よりも断然人が多い
でも、会話が出来ない程に多い訳ではなく良い感じの人数である

昨日のメンバーもいた

主婦もいれば、会社員もいるし、学生もいた
年齢層はバラバラ

それでも、分け隔てなく和気藹々と盛り上がる事が出来た

恋愛の事、仕事の事・・・様々な話題が絶える事なく続く

玲はすっかり打ち解け、その日から頻繁にチャットに顔を出す様になった
朝起きたら、真っ先にPCを立ち上げメンバーをチェックし
顔見知りのメンバーがいれば、会話に参加した

気が付けばすっかり誰もが玲を常連だと思い込むまでになっていた
・・・と言ってもまだ初めて顔を出してから3~4日程度の時間しか経っていなかったが
仕事をしていない玲には、腐る程に自由な時間があった
その大半をチャットで占めていたのだから、当然と言えば当然の話である

あっという間に他のメンバーとも顔馴染みになった玲にひとりのメンバーが話しかけてきた

仕事も恋愛も何もかも面白いくらい歯車が噛み合わない
そんな時は誰にでも必ずあるはず

玲もその内のひとりだった

光を見出す事が出来なかった恋愛に終止符を打ち
仕事でも、納得のいかない人事異動をさせられ

玲の心はすっかりささくれ立っていた

そんな毎日に嫌気を差したのか
それともそんなメリハリの無い自分にうんざりしたのか

玲は、仕事を辞めて毎日をただ意味もなく過ごしていた

特別、仕事に執着がある訳でもない
玲はいつでもそうやって、自分の居場所を探すかの様に職を転々としていた

とにかく暇だ
だけど、すぐに仕事をする気にもなれなかった

多少の蓄えはある
一月分の生活は何とかなるだろう

そんな玲は、フッと何かを思ったのかPCの前に座った
リアルの友達に会って話すのも正直気が乗らない
でも、誰かと繋がりたいとそんな一瞬の思いつきに押し上げられる様に玲はPCの電源を入れた

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