02 | 2024/03 | 04 |
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気が遠くなる程の晴天
優しく差し込む日差し
爽やかな風
全てがまるで祝福してくれているかの様に素敵な日
私は控え室のミラーの前にウエディングドレス姿でその時が来るのを静かに待っていた
純白のオーガンジーのフワフワのドレスが太陽の光に照らされて白く輝きを放っている
鏡に映る自分はいつも知っている自分ではない様だ
あの日以来、悟の事が頭から離れずにいた
もうじき時計の針は13時を指そうとしている
私は、ハッとして頭を横に振る
今は自分の幸せの事だけを考えなければいけないんだ・・・
私は鏡に映る自分にそう言い聞かせる
すると、控え室の扉が開く
両親が入って来ると、歓喜の声を上げる
「玲、綺麗!」
母は嬉しそうに目を細めて私を見つめる
父も嬉しそうに微笑んでいた
「こんなに早く、玲がお嫁さんになっちゃうなんて思わなかったけど本当に良い人に出逢えて良かったわね!」
母は私の手を取って早くも少し目を潤ませる
「お母さん・・・」
私も釣られて目が潤んでくる
「駄目よ〜駄目!泣いたら綺麗なお化粧が崩れちゃう!」
そう言って優しくハンカチで私の涙を拭う
少しの間流れる沈黙の時間
私は改まって両親に向かい合うと最後の挨拶をする
「お父さん・・・お母さん、今まで大切に育ててくれてありがとう。何も親孝行らしい事まだ出来ていないけれども、私・・・必ず幸せになります。本当に今日までありがとうございました」
そう言って私は頭を下げる
普段、穏やかで優しい父は「幸せになれよ」と一言私に言うと控え室を出て行った
「お父さん、泣いちゃいそうだったのよきっと」
母はそう言って笑う
私と秀君は、綺麗な風景が広がる小さな教会で式を挙げる
そこは、敷地内に綺麗なレストランがあり
式の後にそのレストランでガーデンパーティーなどが出来る為、プライベートウエディングのカップルに密かな人気があった
私が教会の入り口へ連れて来られると、既に緊張した面持ちの父が立っていた
私もこんなに早く父とバージンロードを歩けるとは思っても見なかった
私は黙って父の隣りに立つ
父も無言のまま立っていた
暫く流れる無言の時間
こんな時、不思議と子供の頃の記憶が次々と蘇ってくる
父は、優しい人だ
いつも穏やかで、私にとって太陽の様な存在で
だけれども、礼儀や作法にはとても厳しい人だった
そのせいか、私は小さい頃からありとあらゆる習い事をしていた
言葉数は少ない人ではあったが、私は書斎にいる父の膝の上で絵本を読んで貰うのがとても大好きだった
「そろそろ準備はよろしいですか?」
スタッフの女性がにこやかな微笑みを浮かべる
私は父の腕に手をかけた
その時一言、父はまるで独り言を呟くかの様に「娘でいてくれてありがとう」と呟いた事を私は聞き逃さなかった
だけれども、何て返せば良いのか私は解らず無言のまま俯く
涙が零れそう・・・
ベールで隠された私の表情は父からは見えないが、私は今にも泣き出しそうだった
私と父は開かれた扉へ向って一歩一歩進み始める
そこには祝福の笑顔が溢れていた
誰もが私を祝福してくれている
何だか不思議な感じがする
私は一歩一歩、バージンロードを進む
「おめでとう!」
みんなの一言に私は微笑みで返す
そして、ついに秀君の前に辿り着いた
私は父から離れ、秀君の手を取る
「よろしく頼むよ」
父は秀君にそう一言告げ頭を下げた
「必ず幸せにします」
秀君もそう父に告げ頭を下げる
私達の誓いの儀式が始まった
「死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い誇りとする事を誓いますか?」
細身のスレンダーな牧師が誓いの言葉を読み上げる
「はい、誓います」
秀君は静かにそう答えた
「死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い誇りとする事を誓いますか?」
私へ牧師が言葉を投げかける
はい、誓います
・・・そう一言を言うだけなのに
どうしたのだろう・・・
言葉が出てこない
私は牧師を真っ直ぐに見つめたまま言葉を発せられずにいた
牧師は不思議そうな表情を浮かべる
なかなか花嫁から誓いの言葉が出てこない事に対して背後からもざわめきが聞こえてくる
「玲??」
秀君も不思議そうに私の顔を軽く覗き込む
そう・・・ただ、誓いますって言えば良いのに
その一言が出てこない
胸と喉の辺りに大きな塊が引っかかっている様で・・・
私はその場に立ち尽くす
私・・・秀君の事、好き
一緒にいたいと思う
大切にしたい
幸せな家庭を築きたい
でも・・・私・・・
私は静かに秀君を見上げる
秀君は心配そうに私を見つめていた
私・・・
本当に後悔しない?
私、愛する資格あるのだろうか
悟の事・・・忘れられる???
悟・・・
私は何か塞き止めているモノが崩壊したのを胸の奥で感じた
私は、後ずさりをする
「玲?」
秀君は少し驚いた表情を浮かべる
「・・・ごめん・・・私・・・行かなくちゃ」
そう秀君に告げると、私はドレスの裾を抱えてバージンロードを走り出す
「玲!どこに!!!」
背後で秀君の声がした
私は止まる事も振り返る事もせず、ただ真っ直ぐ走り続ける
表通りまで走ると、私はタクシーを止め乗り込んだ
「ガーデンパークまでお願いします」
そう告げる
ドアが閉まった瞬間、秀君が追いついて窓ガラスを叩く
「玲!!!」
秀君は真っ青な表情で叫んだ
「出てください!」
私は戸惑う運転手にそう強く告げる
タクシーはそのまま走り出した
タクシーのスピードが上がると共に、どんどん小さくなる秀君の姿を見つめる
私は荒くなった息を整えながら、窓を流れる景色を眺めていた
私、きっと取り返しのつかない事をしてる
秀君の事も酷く傷つけた
今頃、大騒ぎになってるだろう
私は溜息をつく
「お客さん、何があったか知らんがそう気を落とさんで。人生色々だよ」
50代くらいの運転手がバックミラー越しに微笑む
「・・・ありがとございます」
私は、そう言って再び景色へ目を向ける
眩しい日差しに照らされて、緑達は青々と輝いていた
私はただそんな風景を見つめ高鳴る鼓動を抑える
悟に聞きたかった・・・
真実を・・・
私・・・悟に逢いたい・・・例えこれが最後であったとしても・・・
私を乗せたタクシーは、ひたすらガーデンパークを目指して走り続ける
私達の関係は良好だった
絵に描いた様な幸せ
私と秀君は着実に同じ道を歩き始めている
この幸せが永遠に続く事を毎晩眠る前に祈るのが私の習慣となっていた
季節は移り変わり
早いものでもう6月
私達の結婚式が1週間後に迫っていた
周りの動きも慌しくなる
私と秀君は結婚式を挙げてから一緒に暮らす事になっていた
私の引越しの準備も着々と進んでいる
とにかく毎日が目まぐるしく回っていた
私は手早く引越しの準備を済ませ、残りの時間を実家で過ごそうと思っていた
一人娘だった私は、両親にとても愛されて育った
だからこそ、嫁ぐ前に親孝行を少しだけしたいと思ったのだ
荷物がまとめられた部屋は、思った以上に広々としていた
すっきりした部屋を見回す
「後は業者さんに運び出して貰うだけだね」
そう呟くとボストンバッグをひとつ抱えて、玄関を出る
郵便受けの前を通りかかった私は、念の為に中を確認をした
重要なモノは全て新しい住所へ変更はしたけれども、何か忘れているモノがあるかもしれないと思ったのだ
中を覗くと1通の白い封筒が入っていた
「誰からだろう・・・」
私は白い封筒を取り出す
差出人の名前がない
不思議に思った私は、その場で封を切った
中には1枚の便箋
私は便箋を開いて息を呑んだ
そこには几帳面な字で文章が書かれていた
『直接会って話したい事があります。
6月12日の日曜日13時、ガーデンパークの噴水で待っています 高木』
そう記されていた
ガーデンパークは悟の自宅からすぐ近くの公園だった
高木・・・って悟??
私は膝が震える
今更、どうしたのだろうか・・・
逢って何を話す?
何の話だろうか?
しかも、指定されたその日は私の秀君の結婚式の日だった
私は暫く便箋を見つめたまま立ち尽くす
別れの本当の理由が解るのだろうか?
やっぱり私の事を好きだと言ってくれるのだろうか?
ううん、悟は自分が言った事を簡単に覆す人ではない
だったら、今更何の意味があるのだろう
悟にもう一度逢いたかった
でも・・・
私は秀君と結婚をする
一緒に永遠の愛を誓う
私、秀君が好きよ・・・
ずっと一緒にいたいと思う
秀君を裏切りたくない
そう、私は秀君と一緒に生きていくって決めたの
秀君の笑顔を守るって決めた
きっと私、悟に逢ったら揺れてしまう
もう思い出にしないといけない・・・
私の為にも秀君の為にも・・・
私はその日に秀君と愛を誓う
そして、ずっと秀君だけを見ていこうと決めたの
私の選択は間違ってない?
うん、間違ってないよね
なのに何故?
何故、私は泣いてるの??
何で涙が止まらないの??
解らない・・・
解らない・・・
でも、もう悟とは逢えない
私は別の幸せを選択してしまったから
もう、戻る事は出来ない
引き返す事はもう出来ない
私は、便箋をクシャクシャに丸める
私・・・行かない
私は、正面玄関に備え付けられているゴミ箱へ便箋を押し込んだ
私、新しい道を進む・・・
だから、行かない・・・
私は長年住みなれたアパートを後にする
あれ以来、久美さんの言葉が私の頭から離れなかった
自分に向き合うって・・・どういう事を指すのだろう
簡単な様で難しい
様々な自分の立場や、状況によって人間はきっと無意識に理性を働かせてしまうのだろうか
私は本当の自分の気持ちを隠して、流れていく周りに理性で合わせてしまっていたりするのかな・・・
私は、話を聞いて欲しくてマユミをカフェへ呼び出した
こんな時にも嫌な顔ひとつせずマユミは、駆けつけてくれた
「どうしたの??」
私の空気を敏感に察したのか、マユミは心配そうに私の顔を覗き込む
「ううん、大した事はないんだけれどもね・・・」
私は、今の不安や気持ちや久美さんとのやり取りの事などをマユミに話す
私の話を一度も遮る事なくマユミは最後までただ聞いていた
私が話し終えると、マユミは静かに口を開く
「確かに、色々玲もあったし簡単に割り切れないモノもあるよね。どんな人間だって常に不安は抱えているものだし・・・私にはよく解らないけれども、これってマリッジブルーってやつじゃない??」
私は、マユミの言葉にキョトンとする
マリッジブルー??
よく、結婚する友達が言っていた気がする
結婚する女性にはよくあるって話も聞いた事がある
この感情や気分は・・・マリッジブルーだから??
「多分、私の王子様ってこの人なのかしら〜って直前まで考えちゃったりするんじゃない?もしかしたら、もっと別の人だったのかも・・・とか」
マユミは私を見て笑う
「そうなのかな・・・」
そう考えてみればそうなのかもしれない
「確かにね、玲はまだ悟君の事を吹っ切れていない部分は大きいと思うけれどもね」
マユミはアイスコーヒーを飲みながら呟く
「・・・やっぱり、この状況でそういうのっていけないのかな・・・」
私はアイスカフェラテのグラスを握り締めてマユミに問いかけた
「ん〜良いんじゃないかな?人間ってそんなに単純な生き物じゃないし、誰にでもひとつやふたつ忘れられない過去ってあると思うし・・・大切なのはこれからをどうして行くかって事だと私は思うよ?」
そう言ってマユミは微笑む
「玲、安藤さんを離しちゃ駄目だよ?あんなに愛してくれる人って人生にそう何人といないんだからさ」
マユミの言葉に私は深く頷く
そうだよね
過去はもう消せない
大切なのは未来をどうして行くかって気持ちなんだ
私はマユミの言葉に深く納得する
だけれども、久美さんの言葉も私は共感する部分が大きかった
結婚式が終われば私の心もきっと秀君だけに固まるだろう
秀君と同じ名字になって
毎日、一緒にご飯を食べて眠って
いつか子供が出来て、パパとママになって
ひとつの家族が築かれて行く
きっと私の選択は間違っていなかったって心から思える日が必ず来ると私は思った
きっと悟も同じ様に誰かと家庭を築いて行くのだろう・・・
そう思うと少し心が痛むが、お互いが幸せでいる事が何より大切なんだと感じる
いつかどこかで偶然、再会出来た時
私は悟に心からの笑顔を見せられると良いな・・・
私はあと少しで、秀君の妻になります・・・
私は目を覚ます
外はもう明るい
時計を見ると針は9時を指していた
私を包む様に眠る秀君の微かな寝息が聞こえる
もう・・・朝か・・・
私は暫くぼんやりとした頭で、秀君の温もりを感じながら天井を見上げる
そして、秀君を起こさない様に私は静かにベッドの抜け出すとバスルームへ向かった
熱めのシャワーを頭から浴びる
次第に意識もはっきりしてくる
私は、鏡に映る自分を見た
胸元には無数の愛の証が刻まれている
私は胸元に視線を落としその愛の証を指でなぞる
急に昨晩の事が、映画のダイジェスト版の様に蘇って来て私は頬を赤らめた
身体にはまだ昨晩の余韻がはっきりと残っている
いつも明るくて優しい秀君
だけれども昨晩はそんな秀君とは違う男としての秀君がそこにいた
しかし、そこに荒々しさや強引さは無く穏やかさと優しさが私を包んだ
私に触れる秀君の指先や唇は、まるで壊れやすいモノを扱うかの様に丁寧で温かかった
私は、シャワーを浴び終えると部屋着に着替える
テーブルには昨晩の為に作った料理が手を付けられる事なく並んでいた
そしてその横に無造作に投げ出された悟の写真集・・・
私は拾い上げると、暫くその写真集を見つめる
いつまで私はこんな事を繰り返すのだろう
大切にしてくれる人を傷つけて
悟は自分の人生を歩いているんだよね
私の知らない悟の時間がどんどん増えていく
そして、悟の知らない私の時間も・・・
私は、悟の写真集を本棚の奥へしまう
もう、私達は戻れない
時間の流れは自分が思っている以上に早いのかもしれない
私はキッチンへ向うと、コーヒーを入れ始める
暫くすると、コーヒーの香ばしい香りが部屋中に広がる
寝室に戻ると、私は手際良く秀君のスーツを拾い上げハンガーにかけ再びキッチンへ戻った
暫くして、コーヒーの香ばしい香りに釣られるかの様に秀君が起きて来た
少し眠そうに起きて来た秀君はコーヒーを入れている私を背後から抱き締める
「・・・おはよう」
寝起きのせいかいつもよりも低く少し擦れた声で秀君は私の耳元で囁く
「おはよう、コーヒー入ってるよ」
私はコーヒーカップにコーヒーを注ぎ込む
「ん・・・玲・・・」
「ん??」
「俺、昨晩の事は後悔してないから・・・だから玲にも謝らない」
背後から抱き締めたまま秀君はそう言うと私から身体を離す
私は何も答えずコーヒーを手渡と、テーブルの椅子に腰をかけた
私は秀君の横顔をぼんやりと見つめる
この人は何て強いのだろう
強くて優しい・・・
私は秀君に愛されて幸せなんだろう
私は解っているの
秀君ならきっと私を一生大切にしてくれるって事も
素直に秀君を好きになれたらどんなに良いのだろう
もし、私が悟と付き合う前に秀君と付き合っていたら・・・私は悟を想う様に秀君を愛していたのだろうか
「秀君・・・」
「ん??何?」
秀君は私へ視線を向ける
「秀君は私の事をずっと見ていてくれたって言ったけれども、何で私なの?」
「え??」
私の突然の質問に秀君は目を丸くする
「だって、人を好きになるって何かキッカケがあるでしょ?単純に何だったのかなって思って」
私は秀君の表情を覗き込む
そんな私から少し視線を逸らして秀君は困った様に笑って見せる
「最初は、よく笑う奴だな〜って純粋にそう思ったんだよね」
秀君はその当時を回想するかの様に天井を見上げる
「それから何となく玲の笑顔を見ると癒されている自分がいて・・・玲の笑顔を見たら何か悩んでてもちっぽけに思える様になってさ」
思いもよらない秀君の言葉に私は顔が火照る・・・
「ほら、俺がいきなり大きい仕事を担当する羽目になった時があっただろ?本当にしんどくてさ・・・でも、その仕事が成功した時、真っ先に俺以上に喜んでくれたのが玲でさ・・・あの時に『あぁ、俺コイツに惚れてんだな』って自覚した」
秀君はそう言うと恥ずかしそうに私に背を向ける
私はその背中を見つめながら込み上げてくる笑みを必死で堪える
そう誰かが思ってくれるって何だか不思議だ
自分が知らない所で、自分を見てくれている
何だか、私はそんな秀君に愛しさが込み上げてくる
恥ずかしい様な・・・くすぐったい様な・・・
凄く抱き締めたい気分
こんなに愛されていてやっぱり私は幸せなんだな・・・
私は昨日よりも断然秀君への想いが大きくなるのを感じていた
「そんな事より・・・食べようぜ!折角玲が作ってくれたのに昨日食べれなかったから」
その場の恥ずかしい空気を必死で消すかの様に秀君は振り返ると、並んでいる料理を見る
「うん、そうだね」
私は立ち上がると秀君の前に立つ
そして、秀君を思いっ切り抱き締める
突然の事に、少しビックリしている秀君を他所に私は秀君の耳元で囁いた
「私を離さないでね」
本当に心から私はその時素直にそう想った
時はゆっくり確実に過ぎ私と秀君が付き合って1ヶ月が経とうとしていた
大きな波風も無く穏やかに時間は過ぎて行く
私は約1ヶ月振りに仕事が終わった後、マユミと夕食の約束をしていた
足早に待ち合わせ場所へ向う
街は仕事を終えたOLや学生やらで、大賑わいだ
人混みを掻き分けて前へ進む
お洒落な時計台の前で立っているマユミが視界に入った
長身でどこか洗礼された雰囲気を持つマユミは遠くからでも人目を引く
「お待たせ!」
私は、手を大きく振りながらマユミの元へ駆け寄った
「あ〜玲、遅かったじゃん!」
マユミは私を見つけると、太陽の様な笑顔を浮かべる
私達は、並んで歩き出す
10分程歩くと、隠れ家的なお洒落な建物が現れた
マユミの穴場のお店だと言う
店の中に入ると、40代くらいの紳士が出迎えてくれた
私達は、奥へと通されるとそこは間接照明とキャンドルで温かく演出された空間が広がっていた
「ここ、結構素敵でしょ?」
マユミはメニューを広げながら私に声をかけた
「うん、凄い!こんな所にあるなんて想像もしてなかった!」
私は、マユミからメニューを受け取りながら答える
モダンな感じもあるし、ちょっぴりレトロな感じもする
品のある店だ
私達は、シェフのおすすめコースを注文する
暫くして、先程の紳士が現れると食前酒にシャンパンを振舞ってくれた
紳士の仕草のひとつひとつが洗練された品を醸し出していた
私達は、軽くグラスを合わせる
「で、どうなの?」
爽やかなシャンパンの風味を楽しんでいるとマユミは我慢出来ないとばかりに身を乗り出して私に問いかけてきた
「どうって・・・」
私は返答に少し困って言葉を詰まらせる
「新しい恋愛よ!順調に行ってる??」
「うん、とても良くしてくれて凄く毎日が安定してるかな」
私は、ちょっぴり照れた様に笑って見せた
「へぇ〜1ヶ月会わなかっただけで、玲もすっかり元気になっちゃってビックリ!ちょっと、彼にジェラシーかも」
マユミは、冗談めかしに笑う
「うん。でも、やっぱりまだ悟の事は割り切れてないんだ・・・それが秀君に対して申し訳なく思っちゃって・・・」
私は視線を落とす
「それは仕方ないでしょ〜それを覚悟でって彼も言ってくれているんだし、今は甘えちゃって良いんじゃない??にしても、世の中には奇特な人もいるものよね!」
マユミは少しオーバーに驚いた様に眉を上げて見せた
「うん、私も思う・・・3年一緒に仕事してて全然気が付かなかったし」
「玲ってさ、何て言うんだろう・・・マイペースって言うか鈍い所あるからね」
マユミの一言に、私達は見つめ合うとふたりで噴出す
とにかく私は溜め込んだモノを一気に吐き出すかの様にマユミ相手に話し続けた
不安に想う事
戸惑う事
嬉しい事
切ない事
言葉が追いつかないくらいたくさんの想いが、次々に溢れていく
そんな私の話に、静かに耳を傾けるマユミ
お洒落な空間と美味しい料理が、更に恋の話を盛り上げたのかもしれない
こんな時私はいつも思う
私は色々なモノに囲まれまれて
たくさんの人に守られているんだって
そして、それがどんなに尊い幸せなのかを改めて悟る
こうしていつでも、私の話に耳を傾けてくれる親友
ずっと陰で見守り続けてくれていた大切な人
さり気なく進むべき道を諭してくれる尊敬する人
感謝をしてもしきれない
私がこうして今を生きているのもきっと、私を支えてくれる人達がいるから
みんながそれぞれの形で私を愛してくれているからなのだろう
私達はその日、時間を忘れて語り続けた
その瞬間が2度とない事を惜しむかのように
息つく暇もなくお互いの事を語った
月曜の朝
私は久し振りに出勤する
いつもよりかなり早い時間にオフィスに着く
1週間も休んでしまったから、少し早く来て掃除などをしようと思ったのだ
給湯室でお湯を沸かそうとしていると背後に気配を感じた
私は何気なく振り向くとそこには久美さんが立っていた
私の胸は高鳴る
「おはよう」
久美さんはいつもと変わらない笑顔を私に向けた
「おはようございます!」
私は大きく直角にお辞儀をする
「どうやら、この休みで少しは何か抜け出したみたいね」
久美さんは私からポットを取り上げると水を入れながら私に言った
「はい・・・お陰様で。本当にご迷惑をおかけしました・・・」
私は棚からティーパックを取り出しながら久美さんの横に並んで頭を下げた
「良いのよ。誰にだってそういう時はあるし、私も若い頃はあったしね」
そう言って久美さんは笑う
「本当ですか?私にとって久美さんは何だか・・・完璧でそういう経験ないんじゃないかって勝手に思っちゃいます」
私は、作業の手を休め久美さんを見る
「私だって、若い頃は失敗ばかりで本当にどうしようも無かったよ。仕事より恋愛って感じだったし」
久美さんはちょっと懐かしむ様な表情をする
「えっ!久美さんがですか!!」
私は思わず大きな声を出す
「そうよ〜若い頃ってそうじゃない。仕事でバリバリ働くより結婚して好きな人と一緒にいたい〜って思うのよね」
久美さんはポットをセットをしながら私を見る
「私ね、丁度玲ちゃんくらいの時に大失恋したのよ」
何気なく久美さんは過去を語り始めた
「同じ職場の人で、7つ年上でね。私は大好きだったから結婚も考えていて」
「その彼とは結婚しなかったんですか・・・?」
「うん、そうなの。彼ね・・・会社の社長の娘とあっという間に婚約して結婚しちゃったんだよね」
「え・・・」
久美さんは少し俯き加減に淋しそうに微笑む
「ど・・・どうしてですか?久美さんがいたのに??」
「社長の娘が彼を一目見て気に入ったみたいで、彼もきっと私を選ぶより自分にとって良いと思ったんだと思う。私はあっさり振られちゃって、半年後に婚約して1年後には結婚しちゃった」
「・・・酷い・・・」
私は何だかその彼が憎く思える
「人間、みんな自分が大切だから仕方ないのよ。私も別れてもそこの会社で1年頑張ったけど・・・無理で辞めちゃったの。傷つくのがやっぱり辛くて逃げたのね」
「私だったら、すぐ辞めてます・・・」
私は久美さんを見る
「それからは、人が変わった様に仕事頑張った。新しい会社で、男相手に張り合ってがむしゃらに働いた。その結果が今なんだけれどもね」
久美さんは屈託無く笑う
「気が付いたら、もう誰かに甘える方法を忘れちゃってて・・・仕事しか残ってなかったんだけれども・・・」
「でも、私はずっと入社当時から久美さんの事憧れてましたよ」
「ありがとう。彼と別れて選んだ今も、あの時あのまま彼と結婚していた未来も・・・どっちが幸せなんて選べないと思うのよ。どっちにもそれぞれの幸せと不幸があったと思うし。後悔するなら、胸を張って前に進む道を私は選んだだけなのよね」
久美さんの言葉は今の私にとって奥が深いモノだった
みんなどんなに輝いている人にも辛い過去のひとつはあるんだな・・・
そう考えてみると、私が今こんなにグタグタしているのは恥ずかしい事の様に思えて来る
私は自分のディスクに戻ると、PCを立ち上げて早速仕事を始める
何か閃いた気分だった
それを一気に形にしていく
夢中でキーボードを打っていると頬に温かい感触が触れた
「ひゃっ」
私はビックリして飛び跳ねる
振り返ると缶コーヒーを手にした秀君が今にも噴出しそうな顔で立っていた
「・・・戸田!今の超〜ウケる!」
そう言ってお腹を抱えて笑う
私は缶コーヒーを受け取りながら苦笑いを浮かべる
「おはよう」
気を取り直した秀君は、席に着くと少し照れ臭そうに挨拶をする
今まで普通に毎朝交わしていた挨拶
だけど、何かが今までとちょっと違ってくすぐったい
2人の間にだけ流れる、何か特別な空気
それが妙にドキドキする
私・・・秀君を好きになれるかな
秀君がくれる温かい気持ちは確実に私の心に染み込んで行く様な感覚を感じていた
誰かが自分を想ってくれる事が、こんなに満たされた気持ちになる
あんなにささくれ立っていた心が、不思議と少しずつ潤って行くのを私は確かに感じていた