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フィクションなのかノンフィクションなのか... 想いが織り成すストーリーの世界
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掲載作品の紹介
●空色...愛色...(現在掲載中)
●愛色の彼方 (現在掲載中)

両作品共に、主人公の名前は同じですがストーリとしては全く別物です。
それぞれの世界が織り成す淡く切ない物語をどうぞお楽しみください。
プロフィール
HN:
葵 膤璃
性別:
女性
自己紹介:
Aoi Tuyuri
恋愛体質
本物の愛を探し求めて彷徨い続けています
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私は、自宅の近所でタクシーを降りると自宅に向って歩く

すると自宅の前の人影に気付いて足を止めた

そこには、両親と秀君が立っていたのだ

「玲!」

私に気が付いた秀君が私の名前を呼ぶ
私は、その場から動けずに立ち尽くしていた

すると、父が険しい表情を浮かべて私の前へ歩み寄る
そして、次の瞬間・・・
私の頬に鋭い痛みを感じた

「バカモン!!」

そして父は怒りに震える声で叫んだ

生まれて初めて父に叩かれた
いつも穏やかな父か血相を変えて怒っている
私は、言葉が出ずただ父を見つめていた

「お義父さん!!待ってください!玲にも何か理由があるんです!何もなくそういう事する人間じゃないですよ!」

秀君が慌てて私の前に立ちはだかった

「そうですよ!お父さん!玲、何かあったの?どうしたの??」

母も心配そうに駆けつけると私の肩を掴む

私はぼんやりと痛む頬を抑えて立ち尽くしていた
そして、少しずつ現実へ引き戻される

父が怒るのも無理がない
結婚式から逃げ出した娘に両親は情けない感情すら抱いているのだろう

秀君の両親にも合わせる顔がない・・・


「玲・・・何があったんだ?」

秀君は私を心配そうに覗き込む

「私・・・結婚式・・・」

「良いんだよ、結婚式なんてまたいつでも挙げられる・・・何かあったのか?」

秀君は私を見つめる

「そうよ、秀明さんのご両親になんと謝罪すれば良いのか・・・」

母は今にも泣きそうな声を出す

「玲、すぐに秀明君のご両親にお詫びを入れなさい。そして予定通り入籍を・・・」

「私・・・結婚出来ない」

父の言葉を遮って私は呟く

空気が凍りつく

秀君の表情が見る見る固くなる

「れ・・・い・・・?」

「ごめん・・・私・・・」

私は秀君を見上げる


「・・・玲!!お前は!」

父の表情が怒りで真っ赤に染まる

暫く私を見つめていた秀君は、何かを察した様に溜息をついた

「お義父さん、お義母さん・・・二人で今日は話し合っても良いでしょうか?」

秀君はそう父に告げると、父も「そうした方が良い」と怒りが治まらない様子ではあったものの了承をした

秀君は私の両親に頭を下げると私の手を取り歩き出す

そのまま通りまで出るとタクシーを拾って、乗り込んだ

「どこに行くの?」

私の質問には答えず運転手の耳元で行き先をどこか告げた


無言の車内

私は気まずさに押し潰されそうだった

行き交う車のライトに秀君の無表情な横顔が照らし出されている




どのくらい走ったのだろうか
タクシーが停まる

秀君は会計を済ませると私を連れてタクシーを降りた

「ここ・・・」

私は秀君を見る

「折角予約入れてたんだし、利用しないと無駄になるから」

そう言って私の手を引く

そこは、私達が新婚旅行へ出発する前日の夜に宿泊をする予定だったホテルだった


受付を済ませると、私と秀君はエレベーターに乗り込む


着いた部屋は、清潔感のある高級感が漂う空間だった
30階の部屋だけあって、外はの景色は綺麗な夜景が広がっている
そのひとつひとつが宝石の様に輝いていた


「何か飲む?」

秀君は私にドリンクのメニューを渡す

「秀君・・・私・・・」

「折角だからワインにでもしようか」

秀君はそう言って電話でフロントに注文する


暫くして、ワインが運ばれて来た

秀君はワイングラスに注ぐと、私に手渡した
そして、軽くグラスを合わせるとワインに口をつけた


「秀君・・・あのね・・・」

私は思い切って秀君に話を切り出そうとする



「・・・彼の病院へ行ったんだろ?」

秀君はそう言って私を見る

「え?」

私は驚いて秀君を見る

「何で・・・病院って知ってるの・・・??」

私の問いかけに秀君は視線を落とす
そして何も答えずガラス越しの夜景を見つめる


「・・・俺、知ってたんだ。彼の時間が残されていなかった事・・・彼が亡くなった事もお兄さんからの連絡で知ってた・・・」

秀君はまるで懺悔をするかの様にポツリと呟く


「イヴの日に玲が写真集を持っていただろう?あの出版社に俺の友達がいるんだ・・・だから、無理を言って彼の居場所を教えて貰った」


私は黙って秀君の話に耳を傾ける

「そしたら、彼は入院してた。彼のお兄さんに友人だと嘘をついて面会させて貰ったんだ」


そう言うと秀君は振り返って私を見る


「彼は・・・すぐに俺を見て悟っていたよ。一瞬複雑そうな表情を浮かべたけどすぐに微笑んで俺を受け入れてくれた」


― 初めまして

― ・・・初めまして、安藤と申します

― ・・・玲は元気ですか?

― はい・・・入院されていたんですね

― えぇ

― 玲には伝えてないんですか?

― ・・・安藤さん、この事は何があっても玲に伝えないと約束して頂けますか?

― え・・・

― 僕は死がそこまで迫っている人間です
  玲には、僕の事を思い出に変えて貰う必要がある・・・死ぬって知れば玲は僕の事を忘れられなくなるから・・・

― ・・・僕はあなたを昔も今もきっとこれからもライバルだと思い続けると思います

― 時々、玲から安藤さんの話を付き合っている頃に聞いてました
  あなたが玲に想いを寄せているのも薄々は気付いていましたよ
  だからこそ、僕はあなたに玲を託したい

― 僕にはあなたの考えが解らない・・・愛する女を他の男に委ねる・・・僕には綺麗事にしかとうてい思えないです

― ・・・そうかもしれませんね。勝手に決断して傷つけて・・・僕の自己満足かもしれない
  でも、これだけは言えます・・・僕は玲を愛している・・・例え傍にいられなくてもそ  れは何ひとつ変わらないでしょう・・・玲を愛する気持ちはこの先もあなたに負けるとは思っていません
  ただ、これからの長い時間・・・一緒に傍にいてやれるのは僕じゃない
  それをあなたは出来る・・・だからあなたに託したいのです

― 自分が報われなくても・・?


「・・・俺の問いかけには直接答えず微笑みながら彼は頷いたんだ・・・」

秀君の脳裏にはきっとその日の悟が蘇っているのだろう
秀君は少し悔しそうな表情を浮かべる

「俺・・・勝てないな・・・って正直思った・・・でも負けを認めるのも悔しかった」

秀君は唇を噛み締める

「・・・どうして言ってくれなかったの?」

私の問いかけに秀君は、視線を私に向けると小さく微笑む様に笑った

「言えなかったよ・・・いや言いたくなかった。言ったら確実に玲を失う事になるって解っていたから・・・俺はずるい男なんだって生まれて初めて自分の事をそう思ったよ。このまま玲が何も知らずにいてくれたら・・・そんな事を俺ずっと考えてたしそう願ってた・・・」

そう言って秀君は一気にワインを流し込んだ
暫く流れる沈黙
私は秀君から視線を逸らす事なく真っ直ぐ見つめていた

「・・・玲が戻ってきた時、すぐに彼の所へ行ったんだなって思った・・・真実を知ってしまったんだな・・・って」

空のグラスを見つめたまま秀君はまるで独り言の様に呟く

「・・・ごめん」

私は不思議と冷静だった
勿論秀君への懺悔の気持ちもある
悟への変わらない揺るぎの無い愛も感じていた

もう戻れない
無かった事には出来ない
いつまでも・・・秀君の優しさには甘えていられない

「・・・玲はどうしたいの?やっぱり俺と結婚出来ないって気持ちは固まってる?」

秀君の問いかけに私は静かに頷いた

秀君は暫く私を見つめていた
そして静かに私へ背を向ける

「・・・やっぱり神様はいるな・・・俺の犯した罪への報いだ・・・」

その一言に私はかける言葉が見つからなかった

静かに時だけが流れていく
私はただ静かに秀君の背中を見つめていた
微かに震えている秀君の肩・・・

そんな秀君を私は抱き締める事すら出来なかった

傷つけたのは私

秀君は何も悪くない
責められるのは私だ

秀君を愛せたらどんなに良かっただろう・・・
私達がこうして結ばれるには遅かったのかもしれない

悟と出逢った、あの日
もう既にシナリオは完成されていたのだと思う

私は悟を愛している
それは変わらない事実
秀君をそこまで私は愛せなかった

自分の居心地の良さばかり優先にさせて、私は何一つ秀君に与えられなかった

後悔が波の様に押し寄せてくる

だけれども、もうどうにもならない
時は戻せない
無かった事にもやはり出来ない・・・






私達はその夜
一睡もする事なく朝を迎えた

あれから一言も言葉を交わす事は無かった

私は寝室のベッドで眠れないまま夜を過ごし
秀君もソファーの上で同じ様に眠れないまま朝を迎えていた

部屋を後にし私達はタクシーに乗り込む

秀君は目を真っ赤に充血させていた

きっとこの人をこんなに悩ませて苦しませたのは私の甘えだったのだろう

私はどんな報いでも受けるつもりでいた
今日はそんな秀君の心を映しているのだろうか
朝からシトシトと雨が降り続けていた

雨音だけが車内に響く

私も秀君もただ、そんな窓越しの景色を黙って見つめていた



タクシーが私の自宅の前で止まる

私がタクシーから降りようとすると秀君に腕を引き止められた
振り向く私に、少し切なそうな表情を浮かべる秀君

だけど、穏やかな口調で私に言った

「ご両親へは俺から説明しておくよ、勿論俺の家族にも・・・」

「・・・うん・・・でも私からもちゃんと両方の両親に説明するつもりだよ」

私も秀君を真っ直ぐ見据えて一言伝えた


「・・・俺、玲にとって友達としては最高なんだよな?」

私の腕を握る秀君の手に微かに力が入る

「・・・ん・・・」

私は適切な言葉が見つからず・・・だけど秀君から視線を逸らす事なく頷いた

「最愛のパートナーにはなれなかったけど・・・俺、最高の親友にはなれるかな?」

秀君の言葉に一瞬涙腺が緩む

「・・・玲とはこれで終わりにしたくないんだ・・・友達でいられるなら・・・俺はそうでありたい・・・」

私は溢れそうな涙を堪えて頷く

「・・・良かった・・・ありがとう、玲」

秀君は少し疲れた表情を浮かべるものの優しく微笑んでくれた

「俺、いつでも玲の味方だから・・・今まで本当にありがとう」

そう秀君は告げると私から手を離した

「・・・ううん、私も秀君には感謝してる・・・楽しかったよ・・・秀君の事もちゃんと真剣だったよ・・・それだけは嘘じゃない」

私の言葉に秀君は力強く頷いた

「・・・ありがとう」

私はそう秀君に言い残しタクシーを降りる

そして傘もささずに、タクシーが見えなくなるのを見送った
最後まで、秀君は振り返って私を見つめていた
秀君の悲しそうな表情をきっと私は一生忘れる事はない
それがせめてもの償いだと私は感じていた


自宅へ帰ると、濡れた身体のまま座りこむ

すでに荷物が運び出された部屋は妙に広く静まり返っていた
本当にひとりになったのだと実感する


私は蓮さんから受け取ったケースからカメラを取り出して見つめる
悟の温もりが今も残っている様に思えた


私・・・間違ってないよね?
これで良かったんだよね・・・

私の問いかけにもう悟は答えてくれる事はない


この先の自分を見つめなければいけない

そう私は強く感じていた

悟の死は確実に私を導くべき場所へ導こうとしている・・・
そんな気がしてならなかった
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タクシーは、ガーデンパークの前で停まる

そして私は重要な事に気が付いた
結婚式の教会からそのまま逃げるように乗り込んだタクシー・・・
財布を持っているはずが無かった

そんな私の状況を察したのか、運転手は私を見る

「・・・すみません・・・あの・・・」

「あはは、そうだよね。逃げ出した花嫁が財布を持っている訳がないか」

予想に反して、運転手は優しく笑う

「良いよ、今日は何やら特別な日みたいだから」

私は運転手の言葉にビックリする

「でも・・・」

いくらなんでも、この距離を走ってもらって何もしないって訳にはいかない
私は運転手からメモを借りると、携帯の番号と会社の番号を書いて渡した
運転手の名前とタクシー会社の連絡先を教えて貰うと、必ず後日支払う約束をして私はタクシーを降りた



私はガーデンパークの敷地内を噴水を目指して歩く

さすがに昼間の公園をウエディングドレスで歩くのは恥ずかしい・・・

「何かの撮影かな?」

擦れ違うカップルの会話が微かに聞こえ、私は顔を赤らめる・・・
まさか結婚式場から逃げ出してきたなんてドラマみたいな話を誰が想像するだろうか


暫く歩くと私の目の前に噴水が見えてきた

悟に逢えるのかと思うと気持ちが高鳴っていくのが自分でも解った

噴水の前に1人の男性の影が見える

悟・・・

私は高鳴る鼓動を抑えて一歩一歩進む


すると、気配を感じたのかその男性は振り向いた

透き通る様な白い肌に
サラサラの色素の薄い髪
スッとした顔立ちに、シャープなメガネ

どっから見ても、絵に描いた様なインテリ風の人だ

だけれども、メガネの奥の表情に悟の面影が重なる


その男性は私を見て少し驚いた様な表情を見せたが
すぐに状況を把握したかの様に微笑んだ

その微笑みを私の記憶は知っている・・・


「玲さん??」

その男性は私にそう尋ねた

「・・・はい」

私は戸惑いを見せる


「初めまして、僕は高木蓮と申します」

「れん・・・さん・・・?」

微笑みを消す事無く、その人は続ける

「僕は、高木悟の兄です」

蓮さんの言葉に私は驚く
お兄さんがいる事は、悟から聞いていたが一度も会う事がなかった
確か・・・何かを専門に医者をしていると悟が言っていた気がする


「あの・・・どうして・・・」

私は聞きたい事も上手く言葉にならない


「・・・今日は来てくれるのか少し不安でした・・・ここに呼んだのは一緒に行って欲しい所があるんです」

「行きたい所??」

「えぇ」


私と蓮さんは、敷地内の駐車場に停めてあった蓮さんの愛車に乗るとその『行きたい場所』へ向う


途中、突然蓮さんは車を停めた

「ちょっとその前に寄り道をしましょう」

そう言って、メインストリート沿いのショップへ入る

そこは女性専用のブティックだった

「あの・・・」

私は、蓮さんを見上げる


「その格好では、行動しづらいでしょう?僕の見立てで構いませんか?」

「あ・・・はい」

私は自分の格好を思い出して恥ずかしくなる
特に蓮さんは私に何かを尋ねたりはしてこなかった


私は蓮さんが選んだ服を試着する


それは、ふわりとしたソフトで可愛らしい真っ白なワンピースだった

「よく似合ってますよ。ではそれに決めましょう」


そう言って蓮さんは、会計を済ませウエディングドレスを入れた袋を受け取ってショップの外へ出る


「あ・・・あの!この洋服・・・」

私は慌てて後を追う


「それは、今日来て頂いたお礼にプレゼントします」

そう言って微笑む


そのまま私達は再び車に乗り込むと目的地を目指した

車内でも、蓮さんは無駄に話す事は無かった

そのまま言葉を交わす事なく、車はとある敷地内の駐車場に停まった


「・・・ここは病院?」

私は車から降りると、立派な建物を見上げた

「では、行きましょう」

そう言って、蓮さんは何も説明せず病院の中へ入って行く
私はその後を追いかけて病院へ入って行った



「あら、高木先生急患でも??」

暫くすると看護士の女性が声をかけてきた

「いや、今日は別件でね」

蓮さんはそう言って看護士と別れると、エレベーターに乗り込んだ


二人っきりの密室

相変わらず会話はない

私は思い切って話しかける

「あの・・・蓮さんはここのお医者様なんですか?」

「えぇ、ここでガン専門医として勤務しているんです」

「そうなんですか」

私達を乗せたエレベーターの扉が開く

「どうぞ、こちらです」

長い廊下を歩いて、突き当たりの扉を蓮さんは開いた

そこは広々とした綺麗に整理された真っ白い病室だった
太陽の光が反射して、目が眩むほど眩しい

私は目を細める

次第に目が慣れてくると、はっきりと病室内の様子が目に映る

白いベッドに白い椅子
白いカーテンが風に揺れる


「・・・ここは?」

私は不思議そうに蓮さんを見る

蓮さんは少し淋しげに微笑んで見せた



「ここは先月まで悟が使っていた部屋なんです」


蓮さんの言葉に耳を疑う

悟が使っていた部屋・・・???


「それは・・・どういう・・・」


私は蓮さんを見つめる


「・・・悟は・・・先月ここで息を引き取りました」



長い時間が経過した様に思える
重い沈黙が私達の間に流れていた


「息を引き取った・・・?」


私は白いベッドを見つめる

「えぇ・・・ガンだったんです。それも進行性の早い特殊なガンで・・・」


「・・・ガン?」


私は目を丸くして蓮さんを見る


「他の病院で診察を受けた時に、ガンが発覚したらしいです。そのカルテを持って悟は僕の所へ来ました」

蓮さんは窓から外を見つめながら、ポツリポツリと語り始めた

「悟は気丈でしたよ。余命を言い渡されているのに死を恐れていない様にさえ思えた」


― 兄さん、特殊なガンなんだろう?余命短くて1ヶ月、長く持って1年と宣告を受けたよ

― ・・・確かにそうだけれども・・・最善の治療を受けて進行を抑えて・・・そうすれば・・・

― 俺、大丈夫だよ。治療は兄さんに任せる。


「そう言って、悟は笑っていたよ」

蓮さんは、淋しげな表情を浮かべて視線を床に落とす

「・・・悟は・・・ガンだったんですか・・・」

私は目の前が真っ白になる


「若い分、進行も早い上にまだ医学でも解明出来てない特殊なガンだったんです・・・それでも悟は必死にガンと1年闘い続けました。ただ、悟は君の事をいつも気にかけていたよ。君からの手紙を何度も何度も読み返して・・・」

「え・・・」

私はハッと顔を上げると蓮さんを見つめた

「あいつ、いつも家族に心配かけない様にどんなに痛みがあっても泣き言を言わずに笑っていました。でも、君の事を話した時の悟の表情はとてつもなく悲しそうだったよ」


― 俺、大切なモノを捨ててきたんだ

― 大切なモノ??

― 俺・・・好きな子がいてさ・・・結婚も考えていたんだ

― 彼女?

― うん・・・本当に好きだった

― 彼女は知ってるのかよ??

― いや・・・言ってない

― え?

― あいつにはガンの事も俺が死ぬ事も言ってないし、これからも言うつもりはないよ
  だから、別れたんだ

― お前、好きなんだろ??

― あぁ、好きだからこそ引くべき時があるって俺は思ってるよ・・・
  気持ちは何ひとつ変わってない・・・でも・・・
  死ぬって解ってる奴の隣りにいる方がきっと苦しいと思うから
 
― ・・・手紙くらい書いてやれば?毎日送って来てるんだし・・・

― ・・・それも出来ない・・・今あいつに必要なのは俺を忘れる事だから・・・
  今、俺があいつの前に存在したらきっと前に進もうとしなくなる
  あいつには未来があるんだ・・・俺はそれを見守る事しか出来ないよ



私は、目頭が熱くなる
大粒の涙が止め処なく溢れてきた

「いつも・・・死ぬまで悟は君の事を気にかけていたんだ」

蓮さんは私に微笑みかける

悟は私を嫌いになったんじゃない・・・
悟の気持ちは変わってなかった・・・

なのに私、ずっと嫌われたって思ってた・・・
悟のそんな気持ち少しも汲み取れず・・・

時には悟を、恨んだ夜すらあった・・・


なのに・・・
なのに・・・

悟は自分が大変なのに、私の心配をしてくれていたの・・・

私は・・・何もしてあげられなかった・・・

自分の幸せばかり願ってた・・・・

悟・・・ごめんね・・・ごめんね・・・


私は、その場に泣き崩れる
床の冷たさが肌に伝わってきた

声にならずただ肩を震わせる


「これ・・・」

蓮さんは、ベッドの横の引き出しから何かを取り出して私に手渡した
私は歪む視界で、それを見つめる

それは、私が悟に宛てて書いた手紙の束だった

「あいつ、最後まで大切にしてたよ・・・きっとこれを読んであいつも苦しかったんだと思う。何もしてやれない自分が不甲斐なくて仕方なかったんだろうな・・・」


私はその手紙の束を受け取ると抱き締めた

あのクリスマスの秀君との出来事以来、私は悟へ手紙を書かなくなっていた
その最後の手紙までの全てが綺麗に保管されていた

「悟の写真集も見てくれたんだよね」

蓮さんは私の前にしゃがみ込んで嬉しそうな表情を浮かべた

「え・・・」

私は手紙から視線を蓮さんに戻す

「編集長の神谷って僕の同級生で、悟の状況を知って悟の夢だった写真集の話を持ちかけてくれたんだ。君から電話があったと教えてくれたんだよ」

「そうだったんですか・・・」

「神谷は言ってたよ、本当に真剣だったから悟の事を教えてやりたかったって・・・」

そう蓮さんは言うと優しく微笑んだ

蓮さんは「自由にここにいて構わないから」と一言告げ、私をひとり病室へ残して、出て行った


私は窓から見える空を見つめる

そして、悟が寝ていたベッドに私は横たわる
そこからも綺麗な青空が見えた

悟はここから毎日空を見ていたのかな・・・

私は真っ白いシーツをそっと撫でた

ここで悟は何を考えて、いつか来るであろう最後の日を待っていたのだろうか・・・
最後の日・・・悟は何を見つめていたのか・・・


「悟・・・」

私は悟がいる様な気がして名前を呼ぶ

「悟・・・悟・・・・ごめんね・・・」

私は声を上げて泣いた

最後の日、悟の傍にいられなかった自分を責めた
何も知らずにいた私・・・
悟がどんなに大きなモノを抱えていたのかなんて想像すら出来なかった

きっと、悟が一番辛かっただろう・・・
死を目の前にして怖くない人間なんていない・・・

そんな死と戦っていた悟・・・
それなのに・・・私は秀君と結婚をしようと決意していた・・・

そんな現実が皮肉に思える


言って欲しかった・・・
傍にいる決意を私にさせて欲しかった・・・

だけれども・・・悟の愛の深さが心に染みる

きっと逆の立場だったら私も同じ事をしていた

別れて約1年後・・・
私が知った真実はあまりに悲しいモノだった
もう取り戻せない・・・
もう触れられない・・・


どうしようも出来ない・・・




気が付くと、空は薄い群青色に染まっていた
私は何時間ここにいたのだろうか・・・

泣き疲れたせいか・・・瞼が重い・・・

私は、重い頭を起こして病室を出る

廊下の長椅子には本を読む蓮さんが座っていた

「あの・・・」

私は蓮さんに声をかける

「・・・今日はきっと悟も喜んでいるでしょうね」

蓮さんは本から視線を私に向け優しく微笑む

「息を引き取る最後の瞬間まで、悟は君の名前を呼び続けていましたから・・・」

私は静かに蓮さんの隣りに座る

「僕は・・・医者なのに弟に何もしてやれなかった。しかも自分が専門医をしているガンで弟を失うなんて皮肉ですよね・・・僕の弟は最後まで病気に負けませんでした・・・強い奴ですよ」

そう言って、蓮さんは小さく笑う

「・・・3ヶ月経ちますが、母は憔悴しきって入院してます。それに付きっ切りの父・・・家族に残った喪失感は大きい・・・でも、僕は・・・弟は幸せだったのではないかと思うんです」

「え・・・?」

私は静かに蓮さんを見る

「だって、生きていてそこまで人を愛せるなんてなかなか出来ないと思いますからね。そして君も弟をこうして愛し続けてくれていた」

蓮さんは私を見つめ返すと微笑えんだ

「そ・・・んな事ないです・・・・私・・・・悟を想い続けるのが辛くて逃げようとしてました・・・今日も・・・私・・・」

「・・・君はそれでも来てくれました。きっと悟にとってそれで十分だと思います・・・」

言葉を詰まらせる私を蓮さんは優しい空気で包んでくれた


「・・・これを君に」

暫くの沈黙の後、蓮さんは1通の封筒を私に差し出した

「これは?」

「悟が出せずにいた手紙です」


私はその手紙を受け取ると封筒から便箋を取り出す

そこには薬の副作用なのか、恐らく震える手で必死に書いたであろう痕跡が残っていた


『玲、頑張れ 俺も頑張る 
 幸せになれ 愛してるよこれからも・・・』


私は視界が歪むのを何度も手で拭う

私は愛されていたのだと、今改めて感じた
ずっとあの別れの日から今日まで・・・
私は悟に愛されていた






「今日は、もしかしたら僕が君の人生を狂わせてしまったかもしれない」

別れ際、タクシーに乗り込む私に蓮さんは複雑そうな表情を浮かべてそう告げた

「僕が手紙を書かなければ、君は悟が願っていた通りに幸せを選んだだろうに・・・」

そんな蓮さんに向って私は首を横に振る

「いいえ、私は感謝しています。蓮さんが手紙を出してくれなければ私は、自分に嘘をつく事に必死になっていたと思います」

そう言って私は微笑む

「ありがとう・・」

蓮さんはそう言って頭を下げた

「いいえ・・・私こそ・・・ありがとうございました」

私も蓮さんに頭を下げる

蓮さんは持っていたひとつのケースを私に手渡した

「これ・・・最後に弟の形見として受け取ってください」

そう言って差し出されたのは、悟が大切にしていたカメラだった

「でも・・・これは・・・」

私は蓮さんを見上げる

「これは僕だけじゃなく、両親の希望でもあるんです。きっと君が持っている方が悟も喜ぶと思うから」

そう言って蓮さんは小さく頷く様に微笑んだ
私はカメラを受け取りお礼を言うとタクシーに乗り込む

「今日、君に逢って弟が愛し抜いた女性だって事がよく解りました。どうか幸せになって」

蓮さんの言葉に私は黙って頷くと、タクシーのドアが閉められた

走り出すタクシー

私は窓から身を乗り出し、蓮さんの姿が見えなくなるまで手を振り続けた



私の知らなかった真実
悟が守ろうとしていた真実


私は蓮さんから貰った、悟へ宛てた手紙の束と悟の形見のカメラを握り締める


そして、私は自分が進むべき道を見据えていた

気が遠くなる程の晴天

優しく差し込む日差し

爽やかな風


全てがまるで祝福してくれているかの様に素敵な日

私は控え室のミラーの前にウエディングドレス姿でその時が来るのを静かに待っていた

純白のオーガンジーのフワフワのドレスが太陽の光に照らされて白く輝きを放っている

鏡に映る自分はいつも知っている自分ではない様だ

あの日以来、悟の事が頭から離れずにいた
もうじき時計の針は13時を指そうとしている

私は、ハッとして頭を横に振る
今は自分の幸せの事だけを考えなければいけないんだ・・・
私は鏡に映る自分にそう言い聞かせる

すると、控え室の扉が開く

両親が入って来ると、歓喜の声を上げる


「玲、綺麗!」

母は嬉しそうに目を細めて私を見つめる
父も嬉しそうに微笑んでいた


「こんなに早く、玲がお嫁さんになっちゃうなんて思わなかったけど本当に良い人に出逢えて良かったわね!」

母は私の手を取って早くも少し目を潤ませる

「お母さん・・・」

私も釣られて目が潤んでくる

「駄目よ〜駄目!泣いたら綺麗なお化粧が崩れちゃう!」

そう言って優しくハンカチで私の涙を拭う


少しの間流れる沈黙の時間

私は改まって両親に向かい合うと最後の挨拶をする

「お父さん・・・お母さん、今まで大切に育ててくれてありがとう。何も親孝行らしい事まだ出来ていないけれども、私・・・必ず幸せになります。本当に今日までありがとうございました」

そう言って私は頭を下げる


普段、穏やかで優しい父は「幸せになれよ」と一言私に言うと控え室を出て行った

「お父さん、泣いちゃいそうだったのよきっと」

母はそう言って笑う




私と秀君は、綺麗な風景が広がる小さな教会で式を挙げる
そこは、敷地内に綺麗なレストランがあり
式の後にそのレストランでガーデンパーティーなどが出来る為、プライベートウエディングのカップルに密かな人気があった


私が教会の入り口へ連れて来られると、既に緊張した面持ちの父が立っていた
私もこんなに早く父とバージンロードを歩けるとは思っても見なかった


私は黙って父の隣りに立つ
父も無言のまま立っていた

暫く流れる無言の時間

こんな時、不思議と子供の頃の記憶が次々と蘇ってくる

父は、優しい人だ
いつも穏やかで、私にとって太陽の様な存在で
だけれども、礼儀や作法にはとても厳しい人だった
そのせいか、私は小さい頃からありとあらゆる習い事をしていた

言葉数は少ない人ではあったが、私は書斎にいる父の膝の上で絵本を読んで貰うのがとても大好きだった

「そろそろ準備はよろしいですか?」

スタッフの女性がにこやかな微笑みを浮かべる

私は父の腕に手をかけた

その時一言、父はまるで独り言を呟くかの様に「娘でいてくれてありがとう」と呟いた事を私は聞き逃さなかった
だけれども、何て返せば良いのか私は解らず無言のまま俯く

涙が零れそう・・・
ベールで隠された私の表情は父からは見えないが、私は今にも泣き出しそうだった



私と父は開かれた扉へ向って一歩一歩進み始める

そこには祝福の笑顔が溢れていた
誰もが私を祝福してくれている

何だか不思議な感じがする


私は一歩一歩、バージンロードを進む


「おめでとう!」

みんなの一言に私は微笑みで返す


そして、ついに秀君の前に辿り着いた
私は父から離れ、秀君の手を取る


「よろしく頼むよ」

父は秀君にそう一言告げ頭を下げた

「必ず幸せにします」

秀君もそう父に告げ頭を下げる


私達の誓いの儀式が始まった


「死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い誇りとする事を誓いますか?」

細身のスレンダーな牧師が誓いの言葉を読み上げる

「はい、誓います」

秀君は静かにそう答えた



「死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い誇りとする事を誓いますか?」

私へ牧師が言葉を投げかける


はい、誓います



・・・そう一言を言うだけなのに


どうしたのだろう・・・

言葉が出てこない

私は牧師を真っ直ぐに見つめたまま言葉を発せられずにいた

牧師は不思議そうな表情を浮かべる

なかなか花嫁から誓いの言葉が出てこない事に対して背後からもざわめきが聞こえてくる

「玲??」

秀君も不思議そうに私の顔を軽く覗き込む


そう・・・ただ、誓いますって言えば良いのに
その一言が出てこない
胸と喉の辺りに大きな塊が引っかかっている様で・・・

私はその場に立ち尽くす


私・・・秀君の事、好き

一緒にいたいと思う

大切にしたい

幸せな家庭を築きたい



でも・・・私・・・


私は静かに秀君を見上げる

秀君は心配そうに私を見つめていた


私・・・
本当に後悔しない?

私、愛する資格あるのだろうか


悟の事・・・忘れられる???


悟・・・






私は何か塞き止めているモノが崩壊したのを胸の奥で感じた





私は、後ずさりをする


「玲?」

秀君は少し驚いた表情を浮かべる


「・・・ごめん・・・私・・・行かなくちゃ」


そう秀君に告げると、私はドレスの裾を抱えてバージンロードを走り出す

「玲!どこに!!!」

背後で秀君の声がした

私は止まる事も振り返る事もせず、ただ真っ直ぐ走り続ける


表通りまで走ると、私はタクシーを止め乗り込んだ


「ガーデンパークまでお願いします」

そう告げる

ドアが閉まった瞬間、秀君が追いついて窓ガラスを叩く

「玲!!!」

秀君は真っ青な表情で叫んだ

「出てください!」

私は戸惑う運転手にそう強く告げる

タクシーはそのまま走り出した

タクシーのスピードが上がると共に、どんどん小さくなる秀君の姿を見つめる

私は荒くなった息を整えながら、窓を流れる景色を眺めていた

私、きっと取り返しのつかない事をしてる
秀君の事も酷く傷つけた
今頃、大騒ぎになってるだろう
私は溜息をつく

「お客さん、何があったか知らんがそう気を落とさんで。人生色々だよ」

50代くらいの運転手がバックミラー越しに微笑む

「・・・ありがとございます」

私は、そう言って再び景色へ目を向ける

眩しい日差しに照らされて、緑達は青々と輝いていた


私はただそんな風景を見つめ高鳴る鼓動を抑える



悟に聞きたかった・・・
真実を・・・
私・・・悟に逢いたい・・・例えこれが最後であったとしても・・・


私を乗せたタクシーは、ひたすらガーデンパークを目指して走り続ける





私達の関係は良好だった
絵に描いた様な幸せ

私と秀君は着実に同じ道を歩き始めている

この幸せが永遠に続く事を毎晩眠る前に祈るのが私の習慣となっていた


季節は移り変わり
早いものでもう6月

私達の結婚式が1週間後に迫っていた

周りの動きも慌しくなる

私と秀君は結婚式を挙げてから一緒に暮らす事になっていた
私の引越しの準備も着々と進んでいる

とにかく毎日が目まぐるしく回っていた


私は手早く引越しの準備を済ませ、残りの時間を実家で過ごそうと思っていた
一人娘だった私は、両親にとても愛されて育った
だからこそ、嫁ぐ前に親孝行を少しだけしたいと思ったのだ


荷物がまとめられた部屋は、思った以上に広々としていた

すっきりした部屋を見回す

「後は業者さんに運び出して貰うだけだね」

そう呟くとボストンバッグをひとつ抱えて、玄関を出る


郵便受けの前を通りかかった私は、念の為に中を確認をした
重要なモノは全て新しい住所へ変更はしたけれども、何か忘れているモノがあるかもしれないと思ったのだ


中を覗くと1通の白い封筒が入っていた

「誰からだろう・・・」

私は白い封筒を取り出す

差出人の名前がない

不思議に思った私は、その場で封を切った
中には1枚の便箋

私は便箋を開いて息を呑んだ

そこには几帳面な字で文章が書かれていた

『直接会って話したい事があります。
 6月12日の日曜日13時、ガーデンパークの噴水で待っています   高木』


そう記されていた


ガーデンパークは悟の自宅からすぐ近くの公園だった

高木・・・って悟??

私は膝が震える

今更、どうしたのだろうか・・・
逢って何を話す?
何の話だろうか?

しかも、指定されたその日は私の秀君の結婚式の日だった


私は暫く便箋を見つめたまま立ち尽くす


別れの本当の理由が解るのだろうか?

やっぱり私の事を好きだと言ってくれるのだろうか?


ううん、悟は自分が言った事を簡単に覆す人ではない
だったら、今更何の意味があるのだろう


悟にもう一度逢いたかった

でも・・・

私は秀君と結婚をする
一緒に永遠の愛を誓う

私、秀君が好きよ・・・
ずっと一緒にいたいと思う

秀君を裏切りたくない

そう、私は秀君と一緒に生きていくって決めたの
秀君の笑顔を守るって決めた

きっと私、悟に逢ったら揺れてしまう

もう思い出にしないといけない・・・
私の為にも秀君の為にも・・・


私はその日に秀君と愛を誓う
そして、ずっと秀君だけを見ていこうと決めたの

私の選択は間違ってない?

うん、間違ってないよね


なのに何故?
何故、私は泣いてるの??

何で涙が止まらないの??



解らない・・・
解らない・・・


でも、もう悟とは逢えない


私は別の幸せを選択してしまったから

もう、戻る事は出来ない
引き返す事はもう出来ない


私は、便箋をクシャクシャに丸める


私・・・行かない

私は、正面玄関に備え付けられているゴミ箱へ便箋を押し込んだ


私、新しい道を進む・・・
だから、行かない・・・


私は長年住みなれたアパートを後にする


あれ以来、久美さんの言葉が私の頭から離れなかった

自分に向き合うって・・・どういう事を指すのだろう
簡単な様で難しい
様々な自分の立場や、状況によって人間はきっと無意識に理性を働かせてしまうのだろうか
私は本当の自分の気持ちを隠して、流れていく周りに理性で合わせてしまっていたりするのかな・・・


私は、話を聞いて欲しくてマユミをカフェへ呼び出した

こんな時にも嫌な顔ひとつせずマユミは、駆けつけてくれた

「どうしたの??」

私の空気を敏感に察したのか、マユミは心配そうに私の顔を覗き込む

「ううん、大した事はないんだけれどもね・・・」

私は、今の不安や気持ちや久美さんとのやり取りの事などをマユミに話す
私の話を一度も遮る事なくマユミは最後までただ聞いていた


私が話し終えると、マユミは静かに口を開く

「確かに、色々玲もあったし簡単に割り切れないモノもあるよね。どんな人間だって常に不安は抱えているものだし・・・私にはよく解らないけれども、これってマリッジブルーってやつじゃない??」


私は、マユミの言葉にキョトンとする

マリッジブルー??

よく、結婚する友達が言っていた気がする
結婚する女性にはよくあるって話も聞いた事がある

この感情や気分は・・・マリッジブルーだから??


「多分、私の王子様ってこの人なのかしら〜って直前まで考えちゃったりするんじゃない?もしかしたら、もっと別の人だったのかも・・・とか」

マユミは私を見て笑う

「そうなのかな・・・」

そう考えてみればそうなのかもしれない

「確かにね、玲はまだ悟君の事を吹っ切れていない部分は大きいと思うけれどもね」

マユミはアイスコーヒーを飲みながら呟く

「・・・やっぱり、この状況でそういうのっていけないのかな・・・」

私はアイスカフェラテのグラスを握り締めてマユミに問いかけた

「ん〜良いんじゃないかな?人間ってそんなに単純な生き物じゃないし、誰にでもひとつやふたつ忘れられない過去ってあると思うし・・・大切なのはこれからをどうして行くかって事だと私は思うよ?」

そう言ってマユミは微笑む

「玲、安藤さんを離しちゃ駄目だよ?あんなに愛してくれる人って人生にそう何人といないんだからさ」

マユミの言葉に私は深く頷く

そうだよね
過去はもう消せない
大切なのは未来をどうして行くかって気持ちなんだ

私はマユミの言葉に深く納得する
だけれども、久美さんの言葉も私は共感する部分が大きかった


結婚式が終われば私の心もきっと秀君だけに固まるだろう
秀君と同じ名字になって
毎日、一緒にご飯を食べて眠って
いつか子供が出来て、パパとママになって
ひとつの家族が築かれて行く

きっと私の選択は間違っていなかったって心から思える日が必ず来ると私は思った

きっと悟も同じ様に誰かと家庭を築いて行くのだろう・・・
そう思うと少し心が痛むが、お互いが幸せでいる事が何より大切なんだと感じる

いつかどこかで偶然、再会出来た時
私は悟に心からの笑顔を見せられると良いな・・・





私はあと少しで、秀君の妻になります・・・

私達は、6月のジューンブライドに挙式をする事にした

あの日から私達の時間が慌しく過ぎていく

プロポーズから数日後に、両家の挨拶をした
私の両親も秀君の両親も大喜びをしてくれ、和気藹々とした雰囲気で執り行われた
秀君の両親は、とても明るく笑顔が絶えない
私の両親も秀君の誠実さを気に入った様子だった

こうして私達は晴れて正式に婚約した

ミユキにも報告をすると、私以上に喜んでくれ

会社にも結婚の報告をすると、スタッフ全員が驚きと共に、快く祝福をしてくれた


私達はすぐに式場を探し準備に取り掛かった

全てが順調に進んでいく
目が回るほど、毎日が忙しかった

式の打ち合わせ、衣装合わせなどをこなしつつ仕事もこなす
それと同時に私達は一緒に住む家も探す



式の内容もほぼ決まり、一緒に暮らす部屋も見つかった

2LDKの間取りの新築マンション
日当たりも良く、ベランダからの見通しも良い
駅からも徒歩5分と言う好条件の物件だ
ニュータウンと謳っているだけあって、ニューファミリー層が多い
環境整備された綺麗な公園など、子供を育てるにはとても良い環境が揃っている
秀君は少し気が早いけれども、子育てのしやすそうな街という点でとても気に入っていた

しかし、私は時々フッと思う

こんなにトントン拍子に進んでしまって良いのだろうか
あまりに幸せなシナリオの上を歩いている様で不安になる
何も問題がないに越した事はない
なのに、何故か不安はどこかにいつもあって拭いきれずにいた



私は、ひとり会社の屋上へ来てぼんやりとビルの軍団を見下ろす
たまにこうしてひとりになりたくなる
ひとりになって、何か色々と考えたくなるのだ

後1ヶ月後には私は秀君と結婚をする

結婚後も子供が出来るまでは仕事をしたいという私の希望を秀君は理解してくれていた

いつも優しい秀君
きっと良い旦那さんや良いパパになるんだろうな

子供が出来たら、どっちに似てるんだろう
女の子かな男の子かな
秀君は女の子が良いって言っていたけれども、男の子も可愛い気がする

目前に迫っている未来設計図

なのに何故だろう・・・どこか他人事に思える時がある


私は小さく溜息をついた


「何溜息ついてるの」

次の瞬間、誰かに声をかけられて私はビックリして振り返る
そこには、久美さんが笑顔で立っていた

「あ・・・久美さん。いえ、何か色々忙しいな〜って思って」

私ははぐらかす様に笑って見せた

「そうね、結婚となると色々準備もあるだろうし環境も変わるからそれなりに大変よね」

久美さんはそう言うと私の隣りに並ぶ
暫く私達は言葉を交わす事なく空を眺めていた


「・・・安藤は良い奴よ、良い男だと思う。中身が温かい奴よね」

久美さんはポツリと私に言った

「きっと良い夫になると思う。・・・でもさ、自分にだけは嘘ついちゃ駄目よ」

久美さんの一言に私は視線を久美さんへ向ける

「人間って幸せになれるって思ってもその道へ進めない時ってあるのよね。あえて波乱な道を選んじゃったり・・・でも私はそう言う生き方も良いと思うのよ」

私は何も言葉を返せずに久美さんをただ見つめる

「迷いが生じたら、とことん自分と向き合いなさい。幸せにして貰うんじゃなくて、アナタが幸せに自分をするのだから・・・自分の心には正直になりなさいね。それが誰かを傷つける結果となったとしても必ず理解をしてくれる人がいるから、自分を見失わないで最後まで自分と向き合い続ける事が大切だと思うわ」

久美さんはそう言って私に微笑みかけると、屋上から出て行った

何だか久美さんに心の中を見透かされた気がして恥ずかしくなる


幸せだと思っているのに
このまま幸せが続けば良いのにって思っているのに

心のどこかで、それを受け入れられない自分がどこかにいる

そっちの道じゃないと私を呼び止める

秀君に不満はない
本当に優しくて良い人
私は純粋に秀君が好き

なのに・・・何か魚の骨の様なモノが引っかかっている感じがするのだ

もう引き返せないのに、私はどこかでまだ迷っていた

もう後1ヵ月後に式は迫っている


私は決めたの・・・秀君と幸せになる未来を
そう、私は今最高に幸せよ・・・

私は心の中でそう何度も呟いた


クリスマスを境に私と秀君の距離は一気に縮まった
それまで、見え隠れしていた蟠りの様なモノも消えていた

本当にどこから見ても普通の恋人同士という感じだ

それ以来、私は秀君の前で悟の影を出す事は無かった

それでも悟を完全に忘れる事は不可能ではあったが、秀君の努力もあって悟の事を考えない時間が少しだけ増えた様にも思える

とにかく飽きる程、私達は一緒に過ごした
時間さえ作れればデートを重ねた

気が付けば早いモノで、私達は付き合って6ヶ月を迎えた

もうずっと長い事一緒にいたかの様な安心感


そんなある日、眠りについていた私は秀君に急に呼び出された
それも、深夜2時を過ぎている

車で迎えに来てくれた秀君は、私は助手席に乗せると走り出す

私達を乗せた車は、そのまま高速を駆け抜けていく

秀君は普段と違って口数が少ない
行き先を尋ねても答えてくれなかった


程なくして車はとある場所で止まった

「降りよう」

秀君に促されるまま私も車を降りる

まだ辺りは暗い
降り立った場所は高台になっていて、街を一望出来る

私達は暫く雑談をしていた

すると暫くして向こう側の空が明るくなり始める

そして、次第に空が明るさを取り戻すと共に希望が差し込むかの様に太陽が顔を出し始めた
その光景は、まさに圧巻
神秘的な光景に見えた


「綺麗・・・」

私は思わず独り言の様に呟く

「綺麗だろ?・・・ここ俺の秘密の場所なんだ」

秀君は嬉しそうに笑う

「俺、悩んだり辛い事あるとひとりで車飛ばしてここで朝日を見て帰るのが習慣でさ、いつかここの朝日を玲に見せてやりたいって思っていたんだ」

朝日に照らされた秀君の笑顔はいつも以上にとても眩しかった

「凄く感動した・・・こんな場所があるなんて知らなかったよ」

私は昇る太陽を見つめる


暫くふたりは無言のままその光景を見入っていた

「玲、今日は何の日か覚えてる?」

不意に秀君が私に問いかける

「え?何か記念日だっけ?」

私はビックリして秀君を見る

「やっぱり覚えてないか〜俺達が始めて逢った日だよ」

秀君は照れ臭そうに笑って答えた

「え?そうだっけ??」

「そう、ほら入社前に3日間事前研修があっただろ?あの時初めて逢ったんだよ」

私は過去の記憶を辿る

「俺達知り合ってもう4年になるんだよな」

感慨深そうに秀君は呟く

「そうだねぇ、何か年を取るのもあっという間って感じだよね」

私と秀君は目を合わせると同時に笑う

「・・・玲」

そして、秀君は私の方へ身体を向けると急に真面目な表情になる

「何?」

私も秀君へ身体を向けて向い合う

「俺達、付き合って半年だよな」

「うん」

「俺、玲の事愛してるよ」

秀君は私を真っ直ぐに見据える

「俺、これからも玲と一緒にいたい。隣りで笑っていて欲しい」

そう言って秀君はポケットから小さな箱を取り出し私に差し出す
私はその箱を受け取ると、箱を開ける

そこには、華奢で品のある俗に言うエンゲージリングと呼ばれるであろう指輪が入っていた
私はビックリして秀君を見る

「・・・一生大切にするから。玲の辛い想いは俺に半分分けて欲しいと思うし、玲が嬉しいと思う事は一緒に喜びたい・・・だから、俺と結婚して欲しい」

今までに見た事もないくらい真剣な表情の秀君

私は驚きのあまりに言葉が出てこない

まさか、プロポーズをされるとは夢にも思っていなかった
純粋に嬉しい・・・

だけど、こんな時に限って私の中に悟が現れる
そして、悟のプロポーズの言葉を思い出す

『玲、俺といつか結婚しよう。過去にも未来にも俺が心から愛するのは玲だから、玲以外考えられない』


あの時の悟と今目の前にいる秀君が重なる


私は、秀君を見つめる

その瞬間、私の手首からブレスレットが外れて地面に落ちる
私はハッと地面を見下ろす

淡いピンクの天然石で作られたお気に入りのブレスレット
悟と付き合い始めた日に、幸せを願って自分で購入したモノだった

私はしゃがんでブレスレットを拾い上げる
ブレスレットは綺麗に切れていた

これは幸せのお告げだろうか
幸せを目の前にお役目が終わったと言いたいのだろうか


私は暫くブレスレットを眺めてから静かに立ち上がる


そして、私はもう一度秀君を真っ直ぐ見つめる


「秀君の隣りに私をいさせてください」

私は静かに・・・けれどもはっきりと秀君のプロポーズに対して、私の答えを伝える

暫くの沈黙
ようやく現実の事だと自覚をしたのか、秀君は込み上げてくる喜びを隠せないと言わんばかりに私を抱き締める

「俺、絶対幸せにするから!」

秀君はそう何度も私に誓う

「うん、私も秀君を幸せにするよ」

秀君は私の顔をまじまじと見つめて笑顔で頷く
そして、指輪を手に取ると私の左の薬指へはめた

エンゲージリングが私の薬指で静かに輝く

私達はもう一度見つめ合う


「玲、幸せになろうな」

秀君はそう言って強く私に唇を重ねた


きっと秀君となら私は幸せになれるだろう
私は秀君を愛している
きっとこの気持ちに嘘はない

私は絶対、秀君と幸せになる

そう心の中で私は強く誓った

幸せの扉を開く決意をした私達を静かに温かく朝日は照らしていた
優しい光の中で私達は未来を誓い合った

私は目を覚ます

外はもう明るい
時計を見ると針は9時を指していた

私を包む様に眠る秀君の微かな寝息が聞こえる

もう・・・朝か・・・

私は暫くぼんやりとした頭で、秀君の温もりを感じながら天井を見上げる
そして、秀君を起こさない様に私は静かにベッドの抜け出すとバスルームへ向かった


熱めのシャワーを頭から浴びる
次第に意識もはっきりしてくる

私は、鏡に映る自分を見た

胸元には無数の愛の証が刻まれている
私は胸元に視線を落としその愛の証を指でなぞる

急に昨晩の事が、映画のダイジェスト版の様に蘇って来て私は頬を赤らめた

身体にはまだ昨晩の余韻がはっきりと残っている

いつも明るくて優しい秀君
だけれども昨晩はそんな秀君とは違う男としての秀君がそこにいた
しかし、そこに荒々しさや強引さは無く穏やかさと優しさが私を包んだ
私に触れる秀君の指先や唇は、まるで壊れやすいモノを扱うかの様に丁寧で温かかった


私は、シャワーを浴び終えると部屋着に着替える
テーブルには昨晩の為に作った料理が手を付けられる事なく並んでいた

そしてその横に無造作に投げ出された悟の写真集・・・

私は拾い上げると、暫くその写真集を見つめる

いつまで私はこんな事を繰り返すのだろう
大切にしてくれる人を傷つけて

悟は自分の人生を歩いているんだよね
私の知らない悟の時間がどんどん増えていく
そして、悟の知らない私の時間も・・・

私は、悟の写真集を本棚の奥へしまう

もう、私達は戻れない
時間の流れは自分が思っている以上に早いのかもしれない


私はキッチンへ向うと、コーヒーを入れ始める
暫くすると、コーヒーの香ばしい香りが部屋中に広がる

寝室に戻ると、私は手際良く秀君のスーツを拾い上げハンガーにかけ再びキッチンへ戻った

暫くして、コーヒーの香ばしい香りに釣られるかの様に秀君が起きて来た

少し眠そうに起きて来た秀君はコーヒーを入れている私を背後から抱き締める

「・・・おはよう」

寝起きのせいかいつもよりも低く少し擦れた声で秀君は私の耳元で囁く

「おはよう、コーヒー入ってるよ」

私はコーヒーカップにコーヒーを注ぎ込む

「ん・・・玲・・・」

「ん??」

「俺、昨晩の事は後悔してないから・・・だから玲にも謝らない」

背後から抱き締めたまま秀君はそう言うと私から身体を離す
私は何も答えずコーヒーを手渡と、テーブルの椅子に腰をかけた

私は秀君の横顔をぼんやりと見つめる

この人は何て強いのだろう
強くて優しい・・・
私は秀君に愛されて幸せなんだろう

私は解っているの
秀君ならきっと私を一生大切にしてくれるって事も
素直に秀君を好きになれたらどんなに良いのだろう

もし、私が悟と付き合う前に秀君と付き合っていたら・・・私は悟を想う様に秀君を愛していたのだろうか

「秀君・・・」

「ん??何?」

秀君は私へ視線を向ける

「秀君は私の事をずっと見ていてくれたって言ったけれども、何で私なの?」

「え??」

私の突然の質問に秀君は目を丸くする

「だって、人を好きになるって何かキッカケがあるでしょ?単純に何だったのかなって思って」

私は秀君の表情を覗き込む
そんな私から少し視線を逸らして秀君は困った様に笑って見せる

「最初は、よく笑う奴だな〜って純粋にそう思ったんだよね」

秀君はその当時を回想するかの様に天井を見上げる

「それから何となく玲の笑顔を見ると癒されている自分がいて・・・玲の笑顔を見たら何か悩んでてもちっぽけに思える様になってさ」

思いもよらない秀君の言葉に私は顔が火照る・・・

「ほら、俺がいきなり大きい仕事を担当する羽目になった時があっただろ?本当にしんどくてさ・・・でも、その仕事が成功した時、真っ先に俺以上に喜んでくれたのが玲でさ・・・あの時に『あぁ、俺コイツに惚れてんだな』って自覚した」

秀君はそう言うと恥ずかしそうに私に背を向ける

私はその背中を見つめながら込み上げてくる笑みを必死で堪える

そう誰かが思ってくれるって何だか不思議だ
自分が知らない所で、自分を見てくれている

何だか、私はそんな秀君に愛しさが込み上げてくる
恥ずかしい様な・・・くすぐったい様な・・・
凄く抱き締めたい気分

こんなに愛されていてやっぱり私は幸せなんだな・・・

私は昨日よりも断然秀君への想いが大きくなるのを感じていた


「そんな事より・・・食べようぜ!折角玲が作ってくれたのに昨日食べれなかったから」

その場の恥ずかしい空気を必死で消すかの様に秀君は振り返ると、並んでいる料理を見る

「うん、そうだね」

私は立ち上がると秀君の前に立つ
そして、秀君を思いっ切り抱き締める

突然の事に、少しビックリしている秀君を他所に私は秀君の耳元で囁いた


「私を離さないでね」



本当に心から私はその時素直にそう想った

季節は移り変わり
街は、少しずつ色を変えて行く

空気は凛と冷たさが張り詰め
世間はクリスマスカラーに染まっていた

私は買い物袋を下げ足早に自宅へ向う

今日はクリスマス・イヴ

街がときめきに弾むと共に、私の心も躍る

イヴだと言うのに秀君は山の様に残った仕事の為に出勤している
なるべく仕事を早く切り上げて私に逢いに行くと秀君は約束をしてくれていた

だから、私は美味しい料理を作って帰りを待つ事にした

街からは、クリスマスソングが軽やかに響く
釣られて私も鼻歌交じりに歌う

秀君、喜んでくれるかな

私は買い物袋の食材を覗き込むと秀君の顔を思い浮かべる

付き合って3ヶ月

相変わらず私達の付き合いは順調だった
週末には、決まって秀君は私の自宅に泊まりに来る様になっていた

しかし、それにも関わらず未だに秀君はキス以上の事をしようとはして来なかった
きっと私に気を使ってくれているのだろう
そんな紳士的な優しさが嬉しく思うと同時に、心のどこかでホッとしている自分もいた

3ヶ月経つ今も、私の心はまだ半分以上悟の元に置き去りにしたままだったのだ
そんな気持ちで、秀君を受け入れてはいけない様に思えた
勿論、それは私の身勝手な考えだと言う事も重々承知していたけれども・・・



私は、フッと本屋の前で足が止まった

何かに呼ばれる様に、自宅へ急ぐ足を止め私は本屋に入っていく

私は読書が趣味と言えるくらい本が好きだった
そう言えば、ここ最近全然大好きな本に触れる事も無かった事を思い出す


何か良い本あるかな・・・

私は、規則正しく並べられた本を眺めながら歩く

暫く進むと、風景などの写真集のコーナーの前に辿り着いた

そこには所狭しと、風景や動物、植物など様々な写真集が並べられていた
私は何と無く一冊ずつ手に取りながらぼんやりと眺めて見る


そう言えば、悟もいつかこうやって写真集を出したいって言ってたよね

私は、懐かしげに悟の語っていた夢を思い出す

それとほぼ同時に私は1冊の写真集を前に手を止めた

その手の先には、綺麗な空の写真集
温かくて・・・大きくて・・・どこか懐かしい・・・

私はこの写真達を知っている様に思えた


私は、その写真集を手に取る
そして、次の瞬間
私は息を飲む

同時に鼓動が早く波打つ
全身の血液が沸き立つ感覚を覚えた



そこに印刷されていた名前・・・
飽きるくらい見た事がある名前・・・


『空色の愛...   高木 悟』



さ・・・と・・・る・・・


私は呆然と立ち尽くす

間違いない
同姓同名なんかじゃない

この写真は悟の写真そのものだった

私は涙が溢れてくるのを必死に堪える


こんな所で、悟の欠片に出逢えるとは思っていなかった

元気にしているんだ・・・

そう思うと私の心が温かくなった

夢・・・叶えられたんだ・・・

私はその写真集を抱き締める
堪えきれない涙は、止め処なく溢れもはやどうする事も出来なかった

そんな私に気付いた店員が声をかけてくる

「お客様・・・どうされましたか?」

写真集を抱き締めて泣く女

きっとこの店員には奇妙に映った事だろう

「いえ・・・何でも・・・これください」

私はそう言って店員に写真集を差し出した



私は足早に自宅へ戻ると、すぐに写真集を取り出して開く

様々な空が映し出されている

この空全てが、悟の瞳に映ったのかと思うと愛しくてしょうがなかった


すると私の目に出版社の名前が止まった


もしかしたら、この出版社に問い合わせたら悟の居所が解るかもしれない

そう思った私は、早速電話をかけてみた


胸は期待と不安にはち切れそうだった

何度目かのコールの後、スタッフと思われる男性が電話に出た

『もしもし?』

私の鼓動の音が男性に聞かれてしまうのでは無いかと思うくらいに私は興奮していた

「あ・・・もしもし・・・お伺いしたい事があってお電話したのですが・・・」

『はい、何でしょうか?』

「あの、今日高木悟さんの写真集を購入した者なのですが・・・その・・・知り合いなんです・・・差し支えなければ高木さんがどこにいるのか教えて頂ければと思いまして」

私の問いかけに明らかに困惑しているのが伝わって来る

『そういう問い合わせは・・・答えられない決まりでして』

当然の返答だ
無理も承知の上である
それでも私は、少し粘ってみせる

どうしてももう1度逢いたかった・・・
秀君がいるにも関わらず、私はその衝動を止める事が出来なかった


『少々お待ちください』

あまりに粘る私に溜息交じりに男性はそう言うと、電話を保留にする

暫く流れる保留音

私は、手の振るえが止まらなかった

『お待たせしましたお電話変わりまして、私編集長をしております神谷と申します』

暫くして、保留音が切れると先程とは違う少し低めの男性の声で電話が繋がった

「あ、もしもし・・・ご迷惑をおかけして申し訳ございません・・・どうしても知りたくて・・・」

私は神谷と名乗る男性に向ってそう告げた

『いえ、失礼ですがお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?』

その声は少しも苛立ちを感じさせず実に丁寧で優しかった

「・・・私・・・戸田と申します・・・戸田玲です」

一瞬、躊躇するも私は自分の名前を名乗る

『・・・戸田様ですね』

少しの間の後に、神谷さんは続けた

『申し訳ございませんが、今回はカメラマンの高木の意向でファンレターなどの外部からの接触はご遠慮頂いております。戸田様が高木の熱心なファンである事は私達も嬉しく思いますが、今回はは大変失礼ではありますが、どうぞご理解頂ければと存じます』

私は少しの間を置いて仕方なくお礼を言って電話を切った

この神谷さんの言う事はひとつも間違ってはいない
私は肩を落としたまま写真集を見つめる


そして、大きく深呼吸をすると私は立ち上がってキッチンへ向った

イヴと言うこんな大切な時に私は何をしているのだろう
あのまま連絡が取れたらどうしたかったの??

私は秀君に対して後ろめたい気持ちで一杯だった



時計が午後19時を指した頃
インターフォンのチャイムがなった

きっと秀君だろう

私は足早に玄関を開ける


「よっ!」

いつもと変わらない秀君の笑顔
胸がズキンと痛む

何も知らない秀君は、いつもの様に私を抱き締めた

苦しいよ・・・そんなに優しくされると心が痛い・・・

私は今にも泣き出しそうな気持ちを堪えて、気付かれない様に笑顔を作る


「玲、凄いじゃん!美味しそう!」

部屋に上がると、秀君は感激した様に声を上げた

「うん、秀君仕事頑張ってるだろうって思って頑張っちゃった」

私はグラスを取りにそのままキッチンへ向かう

グラスを2つ取って戻ると秀君は背を私に向ける状態で立っていた

「秀君??」

私の声に、秀君は振り向く

その手には、悟の写真集を持っていた

「・・・綺麗な写真集だな」

そう言って秀君は笑う
むしろ、必死に作り笑いを浮かべている感じだ

「あ・・・そ・・・それね、たまたま本屋さんで見かけて・・・」

私は、言い訳がましく話し出す

だけれども、秀君からの反応は無かった
秀君の表情からも笑顔は消えていた


重い空気が流れる


時計の秒針だけが部屋の中に響く



「・・・イヴに見たくなかったな」

秀君が重い口を開いて、独り言の様に呟いた

「・・・ごめん」

私は声にならない声で呟く

秀君を直視出来ず、私は俯いた

次の瞬間、秀君は悟の写真集を床へ投げ捨てると強引に私の腕を掴み寝室へ引っ張って行くとそのまま私をベッドに押し倒した

私は突然の事に声が出ない

驚きのあまりに身体が硬直する

秀君は息つく暇もなく、私に唇を重ねて来た
今までにない強引なキスに私は両手で秀君の肩を押し戻そうとする
だけれども、秀君の身体はビクとも動かない

反対に、私の両腕を抑えつけるとそのまま秀君の唇は私の首筋を辿る

「いっ・・・やっ!!」

私は首を横に振り必死に抵抗する

不意に秀君の唇が私の首筋から離れる
それと同時に私は目を開けて秀君を見上げた








そして、私は言葉を失くす



秀君のこんな悲しそうで辛そうな表情を私は1度も見た事がない
秀君は何も言わずただ、悲しそうに私を見下ろしていた


そして、その瞬間改めて私は秀君に甘え切っていた事を自覚する

この3ヶ月間、秀君は1度も私に手を出そうとはして来なかった
私は、それをどこかで当然の事だと認識していたのかもしれない
それが、どのくらいの秀君の我慢で成り立っていたのか・・・私は1度も考えていなかった


言葉無く見つめ合う私達

私は、ゆっくりと両腕の力を抜く


今、私が大切にすべき存在は・・・悟じゃない
自分の事よりも私の事を優先にして考えてくれる秀君なんだ

私はあの日、秀君と歩く事を決めた

いつも気持ちが揺れている私を、そっと見守ってくれているのだって秀君

私が秀君を拒む理由はあるの?
私に拒む権利なんてあるの?

こんなに愛してくれている秀君を私はいつも傷つける
最低だ・・・


私の力が完全に抜けた事に気付いたのか、秀君の手の力も緩む

私は、両手を秀君の頬に伸ばす

いつも私に元気をくれる笑顔を、私自身が消しかけている
反対に私が拒絶されてもおかしくない

私は微かに震える腕を秀君の首に回す

それを合図に秀君は私を力一杯抱き締めた
私も、力一杯秀君を抱き締める

そして、もう一度秀君は顔を上げると今度はいつもの様に優しく唇を重ねた

その唇は私の頬を伝い、耳元へ

何度も小声で、愛しそうに私の耳元で「愛してる」と囁いた

それはまるで、何か確かなモノを求めているかの様に
不安と刹那さが入り混じると共に、今までに無く甘く私の耳に響いた

私はその声を聞きながら、秀君の肩越しに悟の残像を見ていた

目の前に走馬灯の様に悟の姿が横切っていく

私は、固く瞳を閉じると秀君の微かな呼吸の音に耳を傾け

長い夜へと身体を解き放つ

時はゆっくり確実に過ぎ私と秀君が付き合って1ヶ月が経とうとしていた
大きな波風も無く穏やかに時間は過ぎて行く



私は約1ヶ月振りに仕事が終わった後、マユミと夕食の約束をしていた

足早に待ち合わせ場所へ向う

街は仕事を終えたOLや学生やらで、大賑わいだ
人混みを掻き分けて前へ進む

お洒落な時計台の前で立っているマユミが視界に入った
長身でどこか洗礼された雰囲気を持つマユミは遠くからでも人目を引く

「お待たせ!」

私は、手を大きく振りながらマユミの元へ駆け寄った

「あ〜玲、遅かったじゃん!」

マユミは私を見つけると、太陽の様な笑顔を浮かべる

私達は、並んで歩き出す
10分程歩くと、隠れ家的なお洒落な建物が現れた
マユミの穴場のお店だと言う

店の中に入ると、40代くらいの紳士が出迎えてくれた

私達は、奥へと通されるとそこは間接照明とキャンドルで温かく演出された空間が広がっていた

「ここ、結構素敵でしょ?」

マユミはメニューを広げながら私に声をかけた

「うん、凄い!こんな所にあるなんて想像もしてなかった!」

私は、マユミからメニューを受け取りながら答える

モダンな感じもあるし、ちょっぴりレトロな感じもする
品のある店だ

私達は、シェフのおすすめコースを注文する

暫くして、先程の紳士が現れると食前酒にシャンパンを振舞ってくれた
紳士の仕草のひとつひとつが洗練された品を醸し出していた

私達は、軽くグラスを合わせる

「で、どうなの?」

爽やかなシャンパンの風味を楽しんでいるとマユミは我慢出来ないとばかりに身を乗り出して私に問いかけてきた

「どうって・・・」

私は返答に少し困って言葉を詰まらせる

「新しい恋愛よ!順調に行ってる??」

「うん、とても良くしてくれて凄く毎日が安定してるかな」

私は、ちょっぴり照れた様に笑って見せた

「へぇ〜1ヶ月会わなかっただけで、玲もすっかり元気になっちゃってビックリ!ちょっと、彼にジェラシーかも」

マユミは、冗談めかしに笑う

「うん。でも、やっぱりまだ悟の事は割り切れてないんだ・・・それが秀君に対して申し訳なく思っちゃって・・・」

私は視線を落とす

「それは仕方ないでしょ〜それを覚悟でって彼も言ってくれているんだし、今は甘えちゃって良いんじゃない??にしても、世の中には奇特な人もいるものよね!」

マユミは少しオーバーに驚いた様に眉を上げて見せた

「うん、私も思う・・・3年一緒に仕事してて全然気が付かなかったし」

「玲ってさ、何て言うんだろう・・・マイペースって言うか鈍い所あるからね」

マユミの一言に、私達は見つめ合うとふたりで噴出す

とにかく私は溜め込んだモノを一気に吐き出すかの様にマユミ相手に話し続けた

不安に想う事
戸惑う事
嬉しい事
切ない事

言葉が追いつかないくらいたくさんの想いが、次々に溢れていく

そんな私の話に、静かに耳を傾けるマユミ

お洒落な空間と美味しい料理が、更に恋の話を盛り上げたのかもしれない


こんな時私はいつも思う
私は色々なモノに囲まれまれて
たくさんの人に守られているんだって

そして、それがどんなに尊い幸せなのかを改めて悟る

こうしていつでも、私の話に耳を傾けてくれる親友
ずっと陰で見守り続けてくれていた大切な人
さり気なく進むべき道を諭してくれる尊敬する人

感謝をしてもしきれない

私がこうして今を生きているのもきっと、私を支えてくれる人達がいるから

みんながそれぞれの形で私を愛してくれているからなのだろう


私達はその日、時間を忘れて語り続けた
その瞬間が2度とない事を惜しむかのように
息つく暇もなくお互いの事を語った

月曜の朝
私は久し振りに出勤する

いつもよりかなり早い時間にオフィスに着く
1週間も休んでしまったから、少し早く来て掃除などをしようと思ったのだ

給湯室でお湯を沸かそうとしていると背後に気配を感じた
私は何気なく振り向くとそこには久美さんが立っていた

私の胸は高鳴る

「おはよう」

久美さんはいつもと変わらない笑顔を私に向けた

「おはようございます!」

私は大きく直角にお辞儀をする

「どうやら、この休みで少しは何か抜け出したみたいね」

久美さんは私からポットを取り上げると水を入れながら私に言った

「はい・・・お陰様で。本当にご迷惑をおかけしました・・・」

私は棚からティーパックを取り出しながら久美さんの横に並んで頭を下げた

「良いのよ。誰にだってそういう時はあるし、私も若い頃はあったしね」

そう言って久美さんは笑う

「本当ですか?私にとって久美さんは何だか・・・完璧でそういう経験ないんじゃないかって勝手に思っちゃいます」

私は、作業の手を休め久美さんを見る

「私だって、若い頃は失敗ばかりで本当にどうしようも無かったよ。仕事より恋愛って感じだったし」

久美さんはちょっと懐かしむ様な表情をする

「えっ!久美さんがですか!!」

私は思わず大きな声を出す

「そうよ〜若い頃ってそうじゃない。仕事でバリバリ働くより結婚して好きな人と一緒にいたい〜って思うのよね」

久美さんはポットをセットをしながら私を見る

「私ね、丁度玲ちゃんくらいの時に大失恋したのよ」

何気なく久美さんは過去を語り始めた

「同じ職場の人で、7つ年上でね。私は大好きだったから結婚も考えていて」

「その彼とは結婚しなかったんですか・・・?」

「うん、そうなの。彼ね・・・会社の社長の娘とあっという間に婚約して結婚しちゃったんだよね」

「え・・・」

久美さんは少し俯き加減に淋しそうに微笑む

「ど・・・どうしてですか?久美さんがいたのに??」

「社長の娘が彼を一目見て気に入ったみたいで、彼もきっと私を選ぶより自分にとって良いと思ったんだと思う。私はあっさり振られちゃって、半年後に婚約して1年後には結婚しちゃった」

「・・・酷い・・・」

私は何だかその彼が憎く思える

「人間、みんな自分が大切だから仕方ないのよ。私も別れてもそこの会社で1年頑張ったけど・・・無理で辞めちゃったの。傷つくのがやっぱり辛くて逃げたのね」

「私だったら、すぐ辞めてます・・・」

私は久美さんを見る

「それからは、人が変わった様に仕事頑張った。新しい会社で、男相手に張り合ってがむしゃらに働いた。その結果が今なんだけれどもね」

久美さんは屈託無く笑う

「気が付いたら、もう誰かに甘える方法を忘れちゃってて・・・仕事しか残ってなかったんだけれども・・・」

「でも、私はずっと入社当時から久美さんの事憧れてましたよ」

「ありがとう。彼と別れて選んだ今も、あの時あのまま彼と結婚していた未来も・・・どっちが幸せなんて選べないと思うのよ。どっちにもそれぞれの幸せと不幸があったと思うし。後悔するなら、胸を張って前に進む道を私は選んだだけなのよね」

久美さんの言葉は今の私にとって奥が深いモノだった

みんなどんなに輝いている人にも辛い過去のひとつはあるんだな・・・

そう考えてみると、私が今こんなにグタグタしているのは恥ずかしい事の様に思えて来る



私は自分のディスクに戻ると、PCを立ち上げて早速仕事を始める
何か閃いた気分だった
それを一気に形にしていく

夢中でキーボードを打っていると頬に温かい感触が触れた

「ひゃっ」

私はビックリして飛び跳ねる
振り返ると缶コーヒーを手にした秀君が今にも噴出しそうな顔で立っていた

「・・・戸田!今の超〜ウケる!」

そう言ってお腹を抱えて笑う
私は缶コーヒーを受け取りながら苦笑いを浮かべる

「おはよう」

気を取り直した秀君は、席に着くと少し照れ臭そうに挨拶をする
今まで普通に毎朝交わしていた挨拶
だけど、何かが今までとちょっと違ってくすぐったい

2人の間にだけ流れる、何か特別な空気
それが妙にドキドキする

私・・・秀君を好きになれるかな

秀君がくれる温かい気持ちは確実に私の心に染み込んで行く様な感覚を感じていた
誰かが自分を想ってくれる事が、こんなに満たされた気持ちになる

あんなにささくれ立っていた心が、不思議と少しずつ潤って行くのを私は確かに感じていた

朝、携帯の着信音で目が覚める

私は、手探りで携帯を探し当てると通話ボタンを押す

「もしもし」

私はあくび交じりに電話に出た

『もしもし??まだ寝てたのかよ!』

声の主は安藤君だった
私は急に昨晩の事を思い出して、目が覚めた

勢い良く起き上がる

「え・・・お・・・起きてたもん」

見え見えの嘘をつく

『まぁ、良いや。それより、今から出かける支度しろよ』

「え?どこに出かけるの??」

私は、突然の安藤君の誘いに慌てる

少しの間を置いて安藤君は恥ずかしそうに一言

「・・・初デート」


私は目をパチクリさせる

初デート???
そっか、私達昨日から恋人同士になったんだ・・・

何だか妙な気分
くすぐったい様な・・・恥ずかしい様な・・・

悟との時も確か、こんな気分だったかな
私は、悟の事を思い出した事にハッとして首を横に振る

「うん、初デートしようか?」

私の一言に、安藤君は「迎えに行くから早く支度しておけよ」と何度も念を押して電話を切った

私は急いでシャワーを浴びて、メイクをして髪をブローしてと慌しく準備に追われる

「何着たら良いのかなぁ・・・」

クローゼットを全開にして、洋服を引っ張り出す

こんなに慌しい休日を過ごすのはどのくらい振りだろう???

全部の準備が出来た頃、携帯が鳴った

「下に着いた」

安藤君からの催促の電話に、私は慌てて自宅を後にする

外に出ると、安藤君が車の窓から手を出して振っていた

「お待たせ」

そう言って、助手席へ乗り込む

安藤君は、ジーンズに黒のインナーの上にカジュアルな上着で決めていた

「玲、可愛いじゃん!」

私の服装を見て、安藤君は嬉しそうな声を上げる

黒いシックなワンピースに黒いブーツとオフホワイトのジャケットを組み合わせた私を満足そうに眺める

たった一晩で、安藤君の私に対する呼び名は戸田から玲に変わった

私達は、車を走らせショッピングに向う

洋服を見たり、小物を見たりと久し振りに楽しく休日を過ごした

歩き疲れた私達は、雰囲気の良いカフェで一休みする事にした

私は、ロイヤルミルクティーを注文する
安藤君はカプチーノを注文した

「安藤君って女の子の好きなメーカーとか詳しいんだね!」

私は、少しゆったりめの椅子に深く腰をかけて一息つく

「ん〜まぁ・・・俺、妹いてさ現役女子大生な訳よ。彼女がいない事を良い事に買い物につき合わされまくってさ・・・そのお陰で大体解る」

安藤君はげんなりした顔をして見せた

「へぇ〜妹さんかぁ、仲良いんだね」

一人っ子の私には、兄弟や姉妹の話はとても羨ましく聞こえる

「いや、仲悪くないけれども連れ回されるのは俺が歩く財布だからだな。ちょっと年が離れているからつい甘くなっちゃうんだ」

不服そうに安藤君は溜息をつく

「安藤君、優しそうだもんね」

私は納得した様に頷いて見せた

「・・・玲さ」

「ん??」

「その、安藤君って止めない??」

「へ?」

安藤君が突然、真面目な顔して私を見る

「何か、安藤君って呼ばれるといつまでも友達な気がして嫌だ・・・」

「あ〜ずっと安藤君だったからつい・・・」

私は特に意識していなかったが言われてみれば確かにそうだ

「じゃ、早速呼んで見ようか?」

安藤君は少し身体をテーブルの方に突き出す

「え・・・何て呼べば良いんだろう」

私は突然の事に戸惑う

「下の名前なら何でも良いよ」

安藤君が期待の眼差しで私を見る

「・・・秀君・・・」

私は恥ずかしくて俯き加減に呼んで見る
即反応が返って来るかと思っていたが、暫くしても安藤君から反応が返って来ない
ちょっと心配になって私は顔を上げると安藤君は笑いを堪えた表情をしていた

「・・・駄目だった??」

私は不安になって聞き返す

「・・・いや・・・凄い玲が可愛い。不覚にも可愛くて言葉にならなかった」

安藤君は照れ臭そうな表情を浮かべる

「うん、秀君良いね!気に入った!」

そう言って、満足そうな笑顔で安藤君は繰り返した
こうしてこの日から私は安藤君を秀君と呼ぶようになった


休憩を済ませ、私達は店を出る
すると目の前にちょっと変わった可愛いお店がある事に私は気付いた

「あのお店覗いても良い??」

私は秀君に訊ねるとその店に入った

そこは便箋の専門店らしく
所狭しと、可愛い便箋や少し変わった便箋が並べられていた

「便箋の専門店なんて変わってるな」

秀君も不思議そうに眺める

「うん、こんなにレターセットがあると迷っちゃうね」

私はそう良いながら店内を見て歩く

すると、ひとつの便箋に目が止まった

綺麗な青空の便箋
淡い色合いがとても綺麗だった

悟、空好きだったんだよね

よく天気が良い日のデートで、悟は青空の写真を撮っていた
私は、そんな悟の空の写真が好きだった
大きくて優しくて温かい

その悟の撮る写真の空とその便箋の空が似ている様に思えた

あれからも、悟に手紙を書き続けていた私はこの便箋で手紙を書きたいと思った
手に取ってレジへ持って行こうとした瞬間
秀君がその便箋を私から取り上げる

「これ欲しいの?」

秀君は私を見る

「うん・・・」

秀君を直視出来ず頷く

すると秀君はレジへ向う

「え、秀君??」

私は後を追う

秀君は黙って会計を済ませると店を出た
その後を足早に追う

店から出ると、秀君は黙ったまま私にその便箋が入った袋を手渡した

「お金・・・」

私は鞄から財布を取り出そうとすると、秀君に止められた

「良いよ。俺が買ってやる」

秀君は私に便箋を突き出す

「ありがとう・・・でも・・・」

「彼に手紙書くんだろ??」

秀君はそう言って私に背を向ける
私は気まずい気持ちになって何も返せない

「何だよ!そんな困った顔するなって!」

振り返った秀君は笑いながら私の頬を両手で摘む

「俺、言ったよな?彼を忘れなくて良いって」

「うん」

「なら、俺を信じろよ。手紙書きたかったら思う存分書けよ」

私は秀君を見上げる

「その代わり、もし逢う事があったらその時はちゃんと言って。逢うなとは言わないけれども、黙って逢われるのは俺嫌だから」

「うん、解った・・・でも何で手紙を書くって解ったの??」

秀君は少し考える素振りを見せると私の手を取って歩き始めた

「今、玲が手紙を書くとしたら単純に相手は彼だって思うだろ?それに、俺3年も玲を見てきたんだぞ?それくらい見ればすぐ解る」

秀君はそう言って繋いだ手を大きく振った



夜、自宅の前まで秀君は私を送ってくれた
自宅の前に着くと、秀君は私の頭を撫でながら「これからもずっと一緒にいような」と私に向って優しく囁いた

私はその言葉に対して頷く

「じゃ、早く寝ろよ」

私が車を降りるのを見送って、秀君は冗談ぽく笑った

「うん、秀君も気をつけてね。今日はありがとう」

そう言って私は車のドアを閉める

助手席側の窓が開いて秀君は一言

「こちらこそありがとう。淋しくなったらいつでも電話でもメールでもして来いよ」

そう言うと、秀君は車を走らせてその場を後にした
私は秀君の車が消えるまで見送る

腕の中には秀君が買ってくれた便箋
私は、その便箋を暫く見つめる

私、きっと最低な事を秀君にしてるんだろうな
そう思うと、落ち込んだ気持ちになる

そして、心の中で何度も呟いた

もう少しだけ待っててね・・・


いつか秀君だけを見つめられる日が来るまで・・・
今はまだ私の心には悟がいる
もう少しだけ私に時間をください・・・

後少しだけ・・・
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